木皿泉さんの「罪」と「赦し」の物語です。
木皿泉さんは『さざなみのよる』で今年の本屋大賞にノミネートされ注目を受けた夫婦脚本家です。
また小説家としての第一作で脚光を浴びた『昨夜のカレー、昨日のパン』から続いて『さざなみのよる』でも注目を浴び、「今最も新作が待たれる作家」と今作の『カゲロボ』の帯にも銘打ってあります。
「カゲロボ」とは一体何なのでしょうか。
読み飛ばすことのできない言葉が詰まっている『カゲロボ』についての物語を紹介します。
あらすじ
イジメに遭う中学生、周囲から認知症を疑われる老人、ホスピスに入った患者、殺人を犯そうとする中年女性など、人生の危機に面した彼らを見ている存在がいます。
はじめはたわいもない都市伝説だったカゲロボという存在は彼らを見守っているのでしょうか。それとも罰するためにいるのでしょうか。
いつもの街で彼らに起きる「人生の奇跡」のカゲロボ物語が9つの短編として綴られています。
ここからネタバレ注意
カゲロボの感想(ネタバレあり)
カゲロボという「見る」存在
いつも誰かを見ている存在としてカゲロボは登場します。
「G」、「猫」、「金魚」などそれぞれ立ち位置や役割は違います。
ただ共通しているのはいつもの街で過ごしている登場人物を見ているということ。
なぜ見ているのか?
最後の短編「きず」の中でGは言います。
「そう、あなただけを見てきた」
「なんで? 林さんじゃなくて? なんで、私なの? クラスでも地味で、なんの取り柄もない私を、なんで見つづけてきたのよ」
「それは、あなたがとても長い間、傷ついていたから。全てを知る人が必要だと、誰かが考えたのです」
私は全ての短編を通して全てを見られることが必要な人々の物語であり、見られる対象ではなかったとしてもカゲロボのような「見ている存在」がいて見られている意識に自問自答して一歩踏み出す人々の物語だったのだと思いました。
影のように見ている存在がいることって孤独から救うような温かい一面もありますが、罪の意識が増すような一面もあるのですね。
「はだ」で見ていたGを沈めようとする同級生の一面は恐ろしくもありましたが理解することはできました。
そんな各短編の不思議で少し怖くて、でも温かい心情を浮き彫りにするカゲロボの存在は現実には聞いたことがありませんが、カゲロボ的な何かを私達は持っているのではないかと考えさせられました。
短編が連なる世界観
この本は9つの短編集です。
それぞれ独立して楽しめる話ではありますが、同じ世界で起きている話で各話で繋がっている部分があります。
例えば「チカダ」の心情は「あし」だけでは「チカダ」のことについて分からなくて、「あせ」を読んで安心できた部分がありました。
一冊通して読んでいると「はだ」で冬に名前すら認識されていなかった女の子が「きず」では主人公となって彼女の背景に焦点が当てられます。
短い話が繋がって世界が広がっている感じが面白い!
カゲロボの感想・まとめ
短編が繋がって得られる面白さもありますが、それぞれの短編の話の内容が気持ちをえぐるような内容が重く、だからこそ目が離せない内容でした。
各短編の個人的一言感想を載せます。
- 「はだ」では自殺した同級生が遺す罪の意識はけして流し読みできない言葉ばかりでした。
- 「あし」は猫の足を切る、切らせるなんてという気持ちが先行して怒りながら読みました。
- 「めえ」は本当の声を出しながら生きていこうという終わり方が嬉しかったです。金魚のイメージってキレイですね。
- 「こえ」はツチヤの人間味が好きでした。中島に伝わってよかったです。
- 「ゆび」の見ている存在の温かさを感じました。普段の私達の生活の中でも気づかないだけで誰かに気遣われて生きてるのだと思います。
- 「かお」のミカは表紙の絵の女の子なのでしょうか。悲しい。ミカの成長は嬉しいのだけど悲しかったです。
- 「あせ」でチカダが再登場して「あし」での出来事で感じた経験を踏まえて心に話す姿は嬉しかったです。
- 「かげ」は何も起こらないことの幸せをしみじみ感じました。ハクマイの存在が他の短編の繋がりを感じて面白かったです。
- 「きず」は一番カゲロボの存在を具体的に感じることができる物語でした。Gの言葉が優しい。
こうやって書いてみると同じカゲロボの存在する世界なのにまるで色の違う話が詰まっています。
だから一冊で色々な心の動きを感じさせてくれる可笑しくて切ない感動作品でした。
カゲロボを読んで感じた個人的〇〇
短編集なのでなおさら読みやすく感じました。
個人的には「かげ」の何も起こらないことの幸せを感じる心情描写が好きです。
誰かの不在によって強く感じるそんな気持ちがよく分かりました。
それにしても子どもから老人まで様々な視点で描かれている物語が一冊の本に入っているというのはすごいですね。
しかも全部「そういう気持ちなんだ」と説得力ある雰囲気と気持ちで感じ入りました。
帯の言葉に影響されたわけでもありませんが読後、次作はいつなのだろうと楽しみになりました。