まさに「文学史上、最も危険な短編集」!
村田沙耶香さん自身がセレクトした12篇の短編が綴られています。
帯に書かれた推薦文を紹介します。
「正常は発狂の一種」。何度でも口ずさみたくなる、美しい言葉。――岸本佐知子(翻訳家)
自分の体と心を完全に解体することは出来ないけれど、この作品を読むことは、限りなくそれに近い行為だと思う。――西加奈子(作家)
常識の外に連れ出されて、本質を突き付けられました。最高です。――若林正恭(オードリー)
強烈で、異様で、生命感あふれる彼女の作品は、恐ろしい真実を見せてくれる。――ジョン・フリーマン(「フリーマンズ」編集長)
私は美しい言葉や文章に惹きつけられる一方、気持ち悪くなってしまった場面もありました。
でも読むことを止めたくありませんでした。
この短編集の強い引力に支配された読書の時間でした。村田沙耶香さんだけが書ける異様な魅力の詰まった短編集です。
Contents
生命式の簡単な内容紹介・あらすじ
夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで――死んだ人間を食べる新たな葬式を描く表題作のほか、村田沙耶香さん自身がセレクトした脳を揺さぶるような12篇で成る短編集です。
ここからネタバレ注意!
生命式の感想(ネタバレあり)
生命式の感想
「私、前に中尾さんくらいの体型の男の人食べたことあるけど、けっこう美味しかったよ。少し筋張ってるけど、舌触りはまろやかっていうか」
いきなりがつんと殴られたような衝撃です。
親しかった故人を食べ、新たな生命へと繋ぐ神聖な儀式。
分かる部分はあるのですが、身体が拒否反応を起こし気持ち悪くなります。
文章を読んでいて胃液が逆流するような感覚を味わうのは始めてでした。
気持ち悪い。感謝してそのものを食べるというのは「人」でなければ簡単に受け入れられることなのに強い拒否感。完全に植え付けられている体の反応に気づきます。
それでも先が気になる。現実に近い異世界の常識が私には受け入れがたいものだというのに、その世界の動向が気になる気持ちも止められませんでした。
命の終わりと始まりを描いた文章は恐ろしいほど綺麗。
終りの2ページは静けさの中で奇跡のような時間が綴られています。そのものだけみればうっとりしてしまう文章と、うっとりなんてしていられない感情がせめぎ合う、間違いなく危険な問題作でした。
素敵な素材の感想
「生命式」の次がこの「素敵な素材」で読みながら村田沙耶香さんに怒りを覚えるような気持ちになりました。
気持ち悪さがせり上がっていくというのに、読みたい欲求はそれに勝って止めることができません。すごい才能です。恐ろしい。
義父の側のベール。
故人の気持ちが一番詰まっているものは、確かにその人の身体なのかもしれません。
受け入れられない気持ちと親しい人の想いの、異様な天秤が読み手の気持ちの中でもがたがた震えます。
ナオキの気持ちは私に近いものがあります。
混乱をここまで共感してしまうことも今までなかなかありませんでした。
素晴らしい食卓の感想
価値観の違いは当たり前です。それが顕著に表れるのは食べ物かもしれません。
「こういうのが美味しい」というのはもしかしたら幻想で、他者に貼られたレッテルなのかも……。
でもこの短編のように離れた環境の人が一同に集まって食卓に並べてみればそれは異様なのだと思います。
夫の口の中で、魔界都市ドゥンディラスのパンと、芋虫と、ハッピーフューチャーフードの食品と、ペプシが混ざり合っている。私も吐き気がこみあげて、思わず目を背けたくなった。
混沌としています。
それぞれ理解できないものなのに、最後に夫が全ての食材を「おいしいなあ、おいしいなあ」と食べる姿が一番化け物のように映ったというのが皮肉で、少し考えさせられつつ笑ってしまいました。
夏の夜の口付けの感想
掌編といえるくらいの短さです。
「自分たちは真逆なのに似ている。」
似ている根本の部分の描き方が鮮やかです。
わらびもちを歯で噛みちぎるという文章を読みながら痛く感じてしまったのは私だけでしょうか。
感覚に直結しているような文章はすごいと思います。
二人家族の感想
家族の形は様々ですが、これほど温かく感じられる関係は理想形の一つだと思います。
「このまま積もったらマンションの雪かきが大変ねえ」
「そうよ。だから早く家に帰ってきなさいよ」
つっけんどんに言った声が掠れたのを聞き逃さなかったのか、菊枝は笑った。
泣きたくなってしまうような文章でした。優しくて温かくて切ない。大好きな文章です。
大きな星の時間の感想
もし人の身体が眠ることなしでも生きていけるようになったら皆さんは喜んで置き続けますか?
質の良い睡眠から目覚めた時の幸福感を放棄したくないと私は思ってしまいます。
この短い作品の中での言葉「色とりどりの夢」というのも捨てがたいです。
一生解けない魔法は悲しさを運びます。
悲しみくれる女の子も、励ます男の子も可愛らしいです。
ポチの感想
想像すればするほどはじめ笑いが止まらなかった作品です。
おっさんのポチの姿は私としては気持ち悪さよりもかわいらしさでした。
でも、
「ニジマデニシアゲテクレ」
という言葉はトラウマ級の重みです。大手町という単語もリアリティを感じさせる地名です。
私もかつての営業時代にポチ化されていたら、
「トリクンダラハナスナ。コロサレテモハナスナ。モクヒョウタッセイマデ」
と小さな声で鳴くのかもしれません(笑)
魔法のからだの感想
女性の成長の物語なのかと思います。
男性でもこういう身体や感覚の変化を感じた経験はあります。
この物語で描かれる瑞々しい感覚は私には完全には分からない。近いものしか重ねることができません。
それが少し悔しくもあります。
かぜのこいびとの感想
カーテンの風太は斬新なアイディアですね。
風太は奈緒子の分身のようです。誰よりも奈緒子のことを理解しながら、奈緒子のことを包み込みます。
奈緒子以上にユキオのことを好きになるのも面白いですね。
カーテンが風で揺れる様子や部屋の様子は私自身好きな景色で楽しんで読めました。
パズルの感想
「どんな異世界で暮らしていても、パズルさえぴったりとあわされば、いつまでも一緒に暮らしていくことができるのよ」
世界の中で内臓と人間が表裏一体で存在しています。見方を変えれば全てはパズルのようにぴったりと合わさり一緒になれるのです。
短編の世界を異様なものが正しいものとして包み込む世界に頷いてしまいそうになるのは私自身がもはやこの短編集の世界に包み込まれているからだと思います。
街を食べるの感想
いつの間にか最初の作品である「生命式」とは違う読後の脳の揺さぶりが続いていて、面白いし、贅沢な短編集だとも思います。
街を食べるは道端の食べられる植物に魅了された女性の話です。
終りの優しい言葉の呪文のようなセリフの存在感は身体が冷たくなります。
与えられた先入観によって生理感覚を失う女の子の姿は笑いごとではなくて、きっと私の身にも起こっていることなのだと思います。
情報は怖いですね。入っていくのを止められないけれど、私自身、どこかの誰かに操られているといってもおかしくありません、きっと。
孵化の感想
「呼応」の物語は最後にして一番、刺さる物語でした。
マサシの姿はバカみたいに思えてしまいますがあるのでしょうね。私にだって。
「空気を読む」ことがいいのか悪いのか分からなくなります。「空気を読む」とは「自分を失くす」ことなのかもしれません。
それは悪いことではありませんが、では本当の自分はどこにあるのでしょうか。
それを探す必要もないのかもしれませんが。
本質を突き付けられるとはこういう気分なのかと驚きのある作品でした。
終わりに
12篇の感想を書いてみましたがそれぞれ印象が強い、まさに危険な短編集でした。
全部が種類の違った異様さを纏っていて最後まで新鮮な気持ちで読み終えました。
それにしても濃い!!!
好き嫌いは分かれる短編集だと思いますが、好き嫌い問わず、読んだならば記憶に残る一冊だと思います。