作家・小川糸さんの真骨頂となる物語。
小川糸さんは『食堂かたつむり』や『ツバキ文具店』など映像化された作品も多くあり、国際的にも人気のある作家さんです。
『ライオンのおやつ』は人の命を身近に感じられる切なくも優しい物語です。
皆さんは、
人生の最後に食べたい”おやつ”はなんですか?
生きていればいつか必ず訪れる最後の日。物語だからではなく、勿論私達にも。
大切な時間の連なりを感じさせる本作はきっと読んだ方にとって大切な作品になると思います。
『ライオンのおやつ』の簡単なあらすじ・内容説明
ひとりで暮らしていた雫は病と闘っていたが、ある日医師から余命を告げられます。
最後の日々を過ごす場所として瀬戸内の島にあるホスピスを選んだ雫は穏やかな島の景色の中で本当にしたかったことを考えます。
ホスピスでは毎週日曜日に入居者が生きている間にもう一度食べたいおやつをリクエストできる「おやつの時間」があります。ただ雫は自身が食べたいおやつを選べずにいました。
生きている限り誰にでも訪れる時に向けて、雫がいとおしい毎日を考えながら過ごしていく物語です。
ここからネタバレ注意!
ライオンのおやつの感想・レビュー(ネタバレあり)
ライオンの家で暮らす人たち
「ライオンは、動物界のなんだかわかりますか?」
予想外の質問に、私は立ち止まってマドンナを見る。
「百獣の、王ですか?」
「そうです、その通りです。つまり、ライオンはもう、敵に襲われる心配がないのです。安心して、食べたり、寝たり、すればいいってことです」
「そっか、だからここはライオンの家なんですね」
ライオンの家はホスピスです。ホスピスとは終末期ケアを行う施設のこと。
雫もそれまで癌治療をやりつくしてきた人としてライオンの家に入居します。
物語の中でモルヒネを投薬して痛みを抑えようとする描写や規則やルールなどがなく自由さがあるなど、治療ではなく身体や心の辛さをやわらげる緩和ケアを行う施設としてライオンの家はあります。
物語はたった雫が一か月ほどライオンの家で過ごす物語です。色んな人と出会いますし、たった一ヶ月の間でもいなくなります。
物語を読みながらずっと死への向き合い方というものを考えていました。
死とはとらえられるまで抗うべきものなのか。それとも受け入れるものなのか。生の延長線上と考えてなんとなくその境界線をまたぐものなのか。
私達だって明日の保障などあるわけはないですが、ライオンの家で暮らす人たちはもっと身近に明日や明後日を考えています。
だからといって悲しさが充満している物語ではなくて、限られた時間が一番の時間であるかのように笑顔にも溢れている人たちがたくさんいます。
その姿が微笑ましくて、でもやっぱり悲しくて、「自分だったら……」とか考えて、最後には「だったら」ではなくて今の自分がこの物語の雫たちのように毎日を大切にしていこうと思える小説でした。
雫やマドンナ、粟鳥洲さん、マスターなどたくさんの登場人物が表れて皆の温かさが印象的いた。
私は狩野姉妹の姉のシマさんが一番印象的でした。マスターが亡くなった時、不安定になった雫を笑わせようという人柄が優しかったのに、いつの間にかいなくなってしまっていて、その本心に触れて胸がつらくなりました。
どの登場人物も無視できない重みがあって何度も感情が上下しました。
雫のライオンの家での日々
ライオンの家に来てからとても内容の濃い日々を過ごします。
とても一か月とは思えないような濃い日々で、その中で体調の変化が確実に訪れていきます。
タヒチ君や六花との出会いは大切な彩りです。
そしておやつを考えていく作業は自分を掘り下げる作業に似ています。
そこには家族への想いと自分自身で筋としてきた関わり方があって考えれば考えるほど、本の中の世界なのにつらかったです。
最後にその想いがひとりで終わらずに父や妹たちにまで伝わってよかった。
「好きな音楽も聞けたし、早苗さんにも会えたし、父に耳かきもしてもらえたし、思い残すことは何もないわ。全部ぜんぶ、梢ちゃんのおかげよ。私に気づいてくれて、ありがとう。私はいつだってここにいるから、心配しないで」
お姉ちゃんは、はつらつとした声で言った。
それからまた私たちは、手を繋いだまま走り続けた。地平線を目指して、どこまでも、どこまでも。
夢の中の出来事かもしれません。でもそこには実際の雫の言葉のようで胸が一杯になりました。
梢ちゃんが雫を感じてくれていることは確かでそれだけでも嬉しいです。おやつの記憶も繋がってよかった。
ライオンのおやつの感想・まとめ
雫の実の母親が誰かが自分を思い出してくれるたびに地球がぼんやり明るくなるからと言うセリフがあります。
夢の中の出来事ではありますが、誰かが亡くなってもその生きてきた想いは残っているということを強く思いました。
雫が亡くなった後のいくつかのエピソードが最後に綴られていますがそれが誰かの背中を押すような形で残るのであればそれは素敵なことですね。
私自身も一日一日を大切に生きていこうと思いました。
終わりに
私は障害者支援施設に勤めていて、どういう接し方が利用者の生活の潤いに繋がるのか、よく考えます。
集団生活の中で障害の特性を考えながら長く健康でいられるようにアプローチしていくことはホスピスとはまた違うところがたくさんありますが、この物語で雫やその周りの人たちが亡くなった方の存在を感じている温かい場面の一つ一つは胸に残りました。
なんとなく過ごしていってしまう麻痺に近い慣れの日々ではなくて、毎日毎日過ごしている時間にどれだけ色をつけられるか考えさせられて、今これからの日々を意識しています。
そんな前向きな変化を与えてくれた本でした。
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