小説

東野圭吾『希望の糸』感想【どうしたら本当の家族になれるのだろうか】

死んだ人のことなんて知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない。

東野圭吾さん、待望の最新長編書き下ろし小説です。

「家族」の物語。

登場人物それぞれの想いが交錯し、事件の謎を越えた想いに圧倒されます。

若き刑事の苦悩と事件を中心に絡まり合う人々の想いにどっぷり浸かることのできる濃厚な一冊を紹介します。

あらすじ

閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺されます。

捜査線上に浮上したのは常連客だったひとりの男性です。

災害で二人の子どもを失った彼は深い悩みを抱えていました。

容疑者達の複雑な運命に、若き刑事・松宮脩平が挑みます。

 

ここからネタバレ注意!

希望の糸の感想(ネタバレ)

希望の糸の世界

実はドラマ『新参者』でも有名な加賀恭一郎シリーズの世界での物語です。

松宮脩平は加賀恭一郎の従妹。ご存知の方も多いと思います。

加賀恭一郎も松宮脩平の上司としても従妹としても彼の相談を受けるような立場で登場します。

「再婚して新しい書体を持っているかもしれないんだから、質問にも気を遣えよ。別れた女房について刑事が聞き込みに来たせいで、円満だった夫婦関係が壊れた、なんてことになったら洒落にならないからな」

「だからわかってるって。いつまで新米扱いする気だよ」うんざりした顔を作って手帳をポケットに戻し、松宮は今度こそ立ち上がった。「じゃあ、明日」

加賀恭一郎と松宮脩平の関係はドラマで阿部寛さんと溝端淳平さんの二人が浮かぶ方も多いと思います。上のような会話はついにやけてしまうポイントでした。

ただストーリーとしては加賀恭一郎シリーズをまるで知らなくても全く問題なく楽しめるストーリーです。(なんか先入観があると手に取りづらくなるのでは思いネタバレ注意より上では書きませんでした)

だからどんな人にもおすすめの一冊です。

しっかり培われた世界観で展開される事件はもう完璧にキャラクターが立っているというか、それぞれ魅力的で、序盤から既に面白くないわけがない雰囲気に包みこまれました。

若き刑事・松宮脩平の苦悩

物語はあらすじでも書いたように女性が殺された真相を追う軸で展開していきます。

ただそれだけではなく並行して松宮脩平自身の生い立ちについても明かされていきます。

両方に共通するのは「家族」についてということ。

子を望む親、子との関わりに戸惑う親、ただ遠くから幸せを願う親……。

最後まで読むと一言では説明できない複雑な気持ちをもった親と子の心情が絡まり合っています。

松宮脩平自身の明かされていく父親についての真実と事件を追うことで明かされていく複雑な子への想いが重なって誰の物語なのか分からないくらいに重厚な話となっています。

複雑なそれぞれの人物の希望の果てに起こる出来事を読み終えた時に感じる深みは東野圭吾さんの小説の凄さの極みでした。

描かれる複雑で繊細な人間関係

どの人物にも想いがあって、それぞれ完全に同じ方向を向いている人はいません。

ご都合主義とは無縁の、現実ではないのに現実のような物語です。

誰にも自分の立ち位置があってボタンの掛け違いというか、感情の歪みのようなものが読んでいてもどかしく転がって事件に繋がっていきます。

伏線をあえてここにつらつら書くことは避けますが、子を望む親の心理も男女もそうですし、それぞれの人物によって全く違うものを感じました。

そして誰が何を望むのかなんて他人が完全に分かることなんてありません。

だから人の気持ちって面白いし、怖い。

私が一番、それを感じたのは多由子の心情です。

物語の終盤、松宮に連れられて綿貫が面会した場面は多由子の感情の揺れ動きについ胸が一杯になりました。

物語のラスト

全ての人物には過去に秘密があってそれが事件に繋がっていますから単純に晴れ晴れと本を閉じることはできません。

それに松宮脩平の父の過去についても複雑な人間関係の中で成り立っていて単純に何がよくて何が悪いなんて言うこともできません。

ただ、

 行伸は自分が発した言葉を振り返り、はっとした。娘が何を求めていたのか、ようやくわかった瞬間だった。

やっぱり俺は馬鹿な父親だな、と思った。そして、「とりあえず、今は」と萌奈が付け足したことも忘れてはならないと肝に銘じた。

父と娘の想いが近づいたことと、行伸が肝に銘じたことが明るい未来に繋がっているようで嬉しかったです。

そして、松宮脩平の父が会えなくても希望と共に感じた息子との長い長い糸が最後に脩平に繋がってよかった。

希望の糸の感想・まとめ

想像がつかないトリックが面白いというよりも、会話を積み重ねて浮かび上がってくる心情の深さがずしりとした面白さを感じさせてくれました。

明らかになった本心を元に始めの場面の会話を思い浮かべてみると「なるほど」と挙動や会話の伏線に唸ります。

これだけたくさんの人々の気持ちのうねりを感じられる小説はなかなかないように思えます。

読み終わって「あぁ、読書した」と思えて頭の中が小説世界で一杯にさせてくれる一冊でした。

ABOUT ME
いちくらとけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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