親子の救済、老人の覚醒、無差別殺傷事件の真相、別の人生の模索……。
それぞれの短編は全て素通りできない背景を生きる人々の希望の物語です。
今までミステリ、サスペンス、時代物、ホラーなどあらゆる作風で読者を魅了してきた宮部みゆきさんならではの個性的で唯一無二の世界が広がっています。
今、私達が直面している問題と宮部みゆきさんの魅力を掛け合わせたかのような圧倒的な本格SF小説を紹介します。
Contents
簡単なあらすじ・説明
収録作品(全8編)
「母の法律」……虐待を受ける子供とその親を救済する奇跡の法律「マザー法」。でも救いきれないものはある。
「戦闘員」……孤独な老人の日常に迫る侵略者の影。どこから誰かに見られている。覚醒の時が来た。
「わたしとワタシ」……45歳のわたしの前に、中学生のワタシが現れた。「やっぱり、タイムスリップしちゃってる!」かつてのワタシの想いと今のわたしの想い。
「さよならの儀式」……長年一緒に暮らしてきたロボットと若い娘の、最後の挨拶。人間役割とロボットの役割と俺の想い。
「星に願いを」……妹が体調を崩したのも、駅の無差別殺傷事件も、みんな「おともだち」のせい?
「聖痕」……調査事務所を訪れた依頼人の話によれば…ネット上で元〈少年A〉や、人間を越えた存在になっていた。
「海神の裔」……明治日本の小さな漁村に、海の向こうから「屍者」のトムさんがやってきた。
「保安官の明日」……パトロール中、保安官の無線が鳴った。「誘拐事件発生です」なぜいつも道を間違ってしまうのか。
ここからネタバレ注意!
さよならの儀式の感想(ネタバレ)
「母の法律」の感想
「被虐待児の保護と育成にかかわる特別保護法」、通称マザー法。
被虐待児である一美と双葉と翔の一つ一つの発言は血の繋がった兄弟以上に強い絆を感じます。
それはお互いの心情の理解でもあるし、仲間という言葉でも表せる関係だからだと思います。
でもそれぞれの過去の親は違うわけで最後の場面は痛々しく苦しい。
一美の気持ちに立ってみても、双葉の気持ちに立ってみても。
実際には想像できるわけありませんが、読みながらつい二人それぞれの気持ちになってしまって苦しくて涙が出ました。
母が娘に呼びかけている。
どんな母親でも、母親だから。
でも間違っている。
わたしも間違っていた。掛井さゆりはわたしを見ているのではなかった。
一美を見ている。一美に呼びかけている。
大人はそれぞれの正義をかざして子どもを振り回します。
人の気持ちになって行動するなんてきれいごとなのかもしれないけど双葉の最後の
「世界が暗くなる」
という一文に打ちのめされました。
最初の短編から苦しくて、でも読むのを止められない圧倒的な小説の力に飲み込まれました。
「戦闘員」の感想
死神のような防犯カメラが達三に迫る姿は恐怖です。
死を伴って少しずつ真実に近づいていくとますます恐ろしくなっていくのですが達三は逆に活き活きとしていく感があります。
会社から離れ、子を守る親の責務を終え、伴侶を見送り、地域社会では弱者として保護されるのみで、貢献を求められることはない。孤独で単調で変化のない日々に、達三は己を見失っていた。己が何者であるかを問う必要のない暮らしのなかに埋没していた。
そんな達三が守るものができ、敵も見えていて、「私は戦闘員だ」と覚醒し、自覚し、士気を高めていく姿は恐怖を乗り越えた頼もしさがあって私はつい
「よかった」
と思えるヘンテコな面白さを感じました。
「わたしとワタシ」の感想
自販機を使ってタイムスリップするというのはすっと理解できる内容でしたがたくさん笑わせてもらいました。
それはわたしとワタシの価値観がまるで違うから、二人が会話している姿についつい笑ってしまう。
二人にはタイムスリップものの作品『あたしが小悪魔だったころ』という作品に熱中したことがあるのですっとタイムスリップを受け入れます。
面白いのは今のわたしは今に充分満足しているということです。でも過去のワタシは今のわたしがまるで魅力的に感じないから自分なのにまるで合わない。
今のわたしが過去のワタシに執着する姿もないし、ワタシも未来のわたしをその毒舌を振るうから、今のわたしはさっさと元の世界に戻そうという気持ちになっています。
最後の「とうぶん、自動販売機には近寄らないようにしよう。コンビニで用が足りるもの。」というわたしの気持ちは非現実的なのに身近で、「わたし」を私は好きになってしまいました。
「さよならの儀式」の感想
孤児の「俺」の愛の飢えのようなものを感じてロボットに嫉妬する姿が痛ましいのだけど共感してしまうところもありました。
生きていく上で「必要とされる」ということは大切なことだと思います。
突き詰めていくとこの世界にふさわしいのは「人間」なのか、「ロボット」なのか。
全ての面倒なことを「ロボット」がやってくれる時代になったら人間の役割とは何なのでしょうか。
俺はときどき、大声で泣き叫びたくなる。
それは実に人間らしく、ロボットはけっしてやらないことだけれど。
きっと今だって、将来ロボットが担うかもしれない役割に喜びを感じ、自分の存在意義のように感じている人はいます。
若い娘と長年一緒に暮らしてきたロボットの美しい別れを見ながら、「俺」と一緒に私はどうにも言えないもどかしくて叫びたいような気持ちを共有できた気がしました。
「星に願いを」の感想
短編を続けてここまで読んでいるとどれだけの引き出しと思いも寄らない世界の数々を見せられて宮部みゆきさんの凄さに圧倒されている自分に気づきました。
「星に願いを」は精神体の異星人が登場します。
内面のルックスとは何なのだろう。
私には秋乃の姿が人間味溢れていて自然というか、親しみを持ちました。
自分の気持ちの美しさを考えたことはありませんか。
私はそれで自己嫌悪を覚えたり、逆に前向きに捉えたりした経験があります。
突拍子もない展開の中で自分達の内面について考えさせられるような繊細で不安定だけども大切な気持ちが綴られている話でした。
「聖痕」の感想
途中、「黒き救世主」とか「鉄槌のユダ」とか頭が混乱してしまって、しっかり話についていけてるのか不安になりながら読み進めました。
そして最後に明かされる真実ですっきりしました。
すごい世界観!
正しさを追求していく中で生まれる狂気のような雰囲気が作品全体に漂っていて怖さがあり、読後もイヤミスというか、ずしりとくる気持ちの重さを楽しむような作品でした。
つくづく「正しさ」とか「正義」とか怖い言葉だと思います。
何かを「強く信じる」ということも。
「海神の裔」の感想
頭の中にはフランケンシュタインの姿とトムさんの姿が重なっていました。
たくさんの(注)が入る昔話のような調査の文体であっという間に読み終える短さではありましたが、最後に壊れるまで村のために動いたトムさんの姿が温かく胸に残りました。
「屍者」という現実にはない設定ですが、これは伊藤計劃さん・円城塔さんの長編SF小説『屍者の帝国』の世界観を元にしたそうです。(『屍者の帝国』はアニメ映画化もされました)
「保安官の明日」の感想
ある意図があって作られた人造擬体の話です。
シミュレーションゲームをやっているみたいに、例えば今まで人生の岐路がいくつもあって、「あの時Aを選んで失敗したけどBを選んでいたら」とか想像したことありませんか?
読み進めている時は「周回」という言葉が気になっていて何かの比喩なのか、それとも話の核となる真実へのキーワードなのか小さな違和感を感じていました。
保安官とかレボルバーとか西部のガンマン映画のような世界が実は未来的な話と繋がっていて壮大なスケールでした。
人間の執着というか欲望というか強さの果てにできている世界で囚われるように役割を全うう保安官の姿には哀しさを感じます。
そして何度世界が繰り返されても起きている悲劇の要因がどの外的環境によるものなのかを突き止めることは難しい問題ですね。
作品でも描かれていますが、表には出ていないだけで人の裏の顔までは把握できないですし、そう単純なものでもないような気がするからです。
私の頭では答えが出せませんが、考えることの楽しみを教えてくれる内容が興味惹かれる謎と一緒に描かれている作品でした。
さよならの儀式の感想・まとめ
帯に書かれていた「心ふるえる作品集」という言葉がぴったりの短編集でした。
まさに宮部みゆきさんの新境地。
色んな世界が描かれているのに設定が詳細で説得力溢れる文章に圧倒されながら次々と読み進めました。
読後感も明るくなれるものからずしんと沈みつつ考えさせられるものまで様々ですが共通して言えるのはどの作品も終始、
この先どうなるのだろう
という面白さを感じていました。
圧倒的な短編集、読まれていない方に最もお勧めしたい小説の一冊となりました。