第17回『このミステリーがすごい!』大賞作品!
倉井眉介さんのデビュー作です。
「最終選考史上初の事態! 大賞はぶっとんだ設定のサイコパスもの」大森望(翻訳家・書評家)
「意表を突く出だし、スリリングな展開、今回のイチ押しはこれ」香山二三郎(コラムニスト)
「勢いある話運びに強烈なキャラクター、みごと個性を発揮した怪作」吉野仁(書評家)
並んだ選評を読むと図抜けた個性と魅力を持った作品であることが伝わってきます。
日常的に何人も殺してきたサイコパスの辣腕弁護士が突如「怪物マスク」を被った男に襲撃されるという始まりの話。
サイコパスとは?
反社会的人格の一種を意味する心理学用語。良心の欠如や他者への共感がないこと、自己中心的、罪悪感がないことなどを特徴として上げられる。
私も含めて読むものに圧倒的なインパクトを与えたこれから大注目作家・倉井眉介さんのデビュー作を紹介します。
あらすじ
サイコパス弁護士二宮と頭を割って脳を盗む「脳泥棒」との戦いのサイコスリラーです。
二宮の章と脳泥棒を追いかける警察の章の2つの視点で綴られています。
意外な展開が繰り返されて二宮や脳泥棒の過去にあった出来事が明らかになっていきます。
ここからネタバレ注意
怪物の木こりの感想(ネタバレ)
ぶっとんだ設定と展開
サイコパスという言葉がこれだけ飛び交う小説というのは初めてでした。
罪悪感がなく、共感もない。
そして日常的に人を殺してきた二宮。
そんなサイコパスである二宮が主役として描かれる物語も初めてです。
感想でサイコパスと何度も言葉を繰り返しているとどんどん現実味がなくなって安っぽくなってしまいますが、物語の中では出来事とリンクしてぶっとんだ心情が描かれているのでそれだけでも興味深く面白い設定でした。
二宮が「怪物マスク」に襲撃されて斧で頭を割られかけて、九死に一生を得た二宮は復讐を誓うなんてそれだけでもインパクトが大きいのですが、それが頭部を切り開いて脳味噌を持ち去る連続猟奇殺人にリンクしていく展開が、
恐ろしくて面白いです!
脳味噌を持ち去るという行為はぐろくて心象悪いのですが、そんなことを当たり前のように語られる物語はぐろさを越えてインパクトがあり、
すごい勢いで物語を読まされました。
『怪物の木こり』と人の心
小説の中で「怪物の木こり」という海外の絵本の物語が「幕間」として書かれています。
人や妖精と会話をしては食べてしまう怪物の木こりは自分が「怪物」なのか「木こり」なのか分からなくなります。
そのうちに自分と似たような大きい耳や鋭い牙を持つ赤ん坊を作って友達を増やしましたという終わりです。
この物語で二宮は脳チップによって人格を大きく歪められた人間として描かれています。脳チップが壊れて少しずつ『人の心』を感じる出来事が頭に広がっていきます。
そんな二宮と杉谷の会話でこのように「怪物の木こり」の物語についてこのように語ります。
「オズの魔法使いだよ。オズの魔法使いには、『ブリキの木こり』というキャラクターが出てくるんだが、そいつはブリキだから、心までブリキなんだ。それで人の心が欲しくて旅をする。その『ブリキの木こり』が『怪物の木こり』のモデルなんだ、そうだ」
「へえ、じゃあ、『ブリキの木こり』が『ブリキの心』なら、『怪物の木こり』は心が怪物ってことかな? だから『怪物の木こり』は『人の心』が欲しくなったとか?」
「たぶんな。きっと『怪物の木こり』とは『人の心』を手に入れようとする物語なんだろう」
二宮はサイコパスの自分を『怪物の木こり』に見立てて『人の心』に興味を持ち、元の自分に戻ることはしないことを宣言します。
突拍子もないような設定と展開がいつの間にかこれは『人の心』の話なのだと、とても全面的に二宮を好きにはなれませんが、それでも二宮の心の動きへの共感と応援のような気持ちが湧いて、読後感、
悪くない!
その事実に自分で驚きました。
怪物の木こり感想まとめ
二宮が主の場面と警察が事件を追う場面とが交互に綴られています。
二つの物語の筋道が近づいていって事実が明らかになっていくのは後半にかけて先を知りたい欲求が高まってますます読むスピードが速くなっていきます。
スリリングな展開と残酷なインパクトの先に『人の心』を感じられる二宮の過去や映美との交流に温かさも感じられ、一冊の中で色んな気持ちを感じることができる小説でした。
まさに「このミステリーがすごい!」でした。
怪物の木こりを読んだ後感じたこと
すごい設定と展開。
まず主人公と言っていい二宮がサイコパスであるということが驚きです。
衝撃的な場面が次々と繰り返されて、そのぶっ飛び様が面白いです。
勢いのある作品でした。
読んでいると警察の思考の飛躍も驚きが多くて「そう考えるか」と個人的に笑ってしまうところもありました。
眼が覚める様な読書です。
悪と悪の戦いというべきでしょうか。その先に浮かぶ過去はあるのですが最後まで引きつける面白さがあって、次作も楽しみな作家の1人になりました。
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