小説

吉田修一『逃亡小説集』感想【この世界の全てから、逃げろ!】

数多の賞を受賞する著者がライフワークとして挑む、傑作小説集第2弾!

シリーズ第1弾は『犯罪小説集』。現在、『犯罪小説集』を原作とした映画『楽園』の公開間近。映画のイベントについてもネットニュースなどで最近よく目にします。

そして、第2弾は『逃亡小説集』。その名の通り、「逃げる」をテーマとした4つの物語が綴られています。

逃げた先にはは何が待ち受けているのでしょうか。

人生の断面を切り取る短編集を紹介します。

簡単なあらすじ・説明

「逃げろ、この世界のすべてから」

  • 職を失い、年老いた母を抱えて途方に暮れる男。
  • 道ならぬ恋に落ちた、教師と元教え子。
  • 一世を風靡しながら、転落した元アイドル。
  • 極北の地で突如消息を絶った郵便配達員。

彼らが逃げた先には何があるのでしょうか。

人生の断面を切り取る4つの物語です。

ここからネタバレ注意!

逃亡小説集の感想(ネタバレ)

逃げろ九州男児の感想

 指を突っ込み、爪で引っ掻きしているうちに苛々し、その瞬間、まるでコップから水があふれるように、自分の頭から何かがどろっとあふれたのが分かった。

「もう、いいや……」

胸の中にあるコップから水が溢れてしまったような感覚、よく分かります。

振り切れてしまった「もう、いいや……」という気持ちもよく分かります。

登場人物の九州弁が本当にありえそうな空気感を出していて、「よく分かる」気持ちと合わさって逃げる描写を読みながら一緒にはらはらと読みました。

遥子の言葉を借りるならば「疼く」小説なのでしょうか。

「もし、今、世界が終わったとしたら、秀くん、後悔する?」

遥子の質問を自分にも問いかけて読んで、後悔しなければ疼いているのかと考えました。

それとも嘘のような微笑みを顔に張り付けて「後悔しない」なんていう人間は疼いているのでしょうか。

分からないけど、疼きが爆発したように見える秀明の行動は「もう逃げないで」と思う気持ちと「もっともっと全力で逃げろ」と思う気持ち、両方湧いてきて、要は私にとってよく分かる人らしい心情を感じた物語でした。

逃げろ純愛の感想

日記のやりとりという珍しい形で文章は続き、設定が明らかになって驚きと納得がありました。

教師と元生徒の恋愛。

勿論お互いの方向、立場から別々の種類の葛藤はあるのだけど、突き詰めてみるとそれぞれ純粋な気持ちを持ってもがいているように感じました。

立場を知ることと知らないことで恋愛のアドバイスはまるで違う。知らなければ「支えてやれ」と声をかけるところも、きっと二人の立場を知っていれば「もう関わるな。忘れろ」となるのだろうと思います。

海があって、空があって、雲が浮かんでる。

ただ、それだけ。

潤也くんがいて、私がいて、ただそれだけ。

なのにね。

恋愛は自分勝手なものなのだと思います。

節度との葛藤。始まってしまったならば難しい。逃げるしかない。

逃げろお嬢さんの感想

もし自分の人生の中で最も影響を与えたような人に出会えたらどんな態度をとるのでしょうか。

康太が「ドッキリ」と勘違いして、カメラからどう見えるかなど考える姿は笑えました。

舞子の今まで過ごしてきた道のりと最後に心が解けて温まっていく様子は胸が一杯になりました。

康太が必死な形相で警察から逃げ回る姿は笑えるのだけど、舞子のためというのが不器用ながらも伝わってきて好きです。

この後、捕まってしまうのだろうけど、厳しい罰が与えられなければいいのだけど、と心配になってしまいました。

 自分でも何が起こったのか分からなかった。とつぜん込み上げてきたものが、なんの涙なのかも分からない。ただ、何かが、とても温かい何かが、舞子の心に満ちてきた。そして満ちてきて初めて、……ああ、私の心はずっと冷たかったんだ、と舞子は気づいた。

素敵な文章で泣けます。

気持ちが変化してはじめて自分の状態が分かることってありますよね。

逃げろミスター・ポストマンの感想

沙羅の気持ちがきらきらしていてかわいかったです。

証言台に立つ想像をして緊張している場面、なんて健気なのだろうと思います。

父子家庭で漁師とアルバイトの兼業という想像もつかない設定も新鮮でした。

何かの拍子に感情が爆発して、怖くなって逃げるというのは分かりますが、その結果というのは本当に怖いです。

逃げた結果の勤め先の被害とか諸々少し触れられていますが、現実的で想像だけでも「それはやばい」と思ってしまいます。

実際にこの短編とは状況が違いますが郵便物を捨ててしまったという配達員のニュースを観たことがありますがあれはあの後どうなったのだろう。

自分が捨てたわけではありませんが想像するだけでもひやっとしてしまいます。

この物語は逃げた春也ではなく元義兄の幸大の気持ちで進みますが逃げる春也と話しながら生きていく中での「楽しさ」を考える場面が考えさせられました。

 楽しい時に楽しそうな顔をしてる奴なんて、大して楽しんでなんかないんだよ。本当に血が湧き立つくらい楽しいときはさ、人間、死に物狂いの顔してんだよ、と。

あー、深い。そしてすごく納得してしまいました。

道東で暮らす人々の姿と気持ちは生っぽくて強い説得力でうんうん頷きました。

逃亡小説集の感想まとめ

必死になって逃げる姿は最高に生きている瞬間を切り取った姿なのかもしれません。

だから読んでいて逃げる姿にはらはらどきどきして、その時思う心情に頷けたりします。

しかも舞台が九州から北海道と幅広くて一つ一つ読んでいて色んな舞台を楽しめました。

『犯罪小説集』を原作とした映画『楽園』のイベントで綾野剛さんが『逃亡小説集』の映画化を熱望していたというニュースを見ましたが、私も、

観たいです!!!

必死に逃げる姿から感じる人生の断面を感じたい!

そう強く思える小説でした。

先日感想記事投稿した『アンジュと頭獅王』とほぼ同時期の出版ということでこの一週間は本当吉田修一さんの世界に浸ることができました。

本当に楽しい読書の時間でした。

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一蔵とけい
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社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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