2019年本屋大賞第2位『ひと』の著者・小野寺史宜さんの最新作!
まだまだ私の周りでは「『ひと』が面白かった!」という声も多く聞きます。
私も大好きで先月には舞台となっている砂町銀座にも足を運びました。
そして最新作『ライフ』の発売!
とても嬉しくてようやく休みが来た本日、本屋で購入+一気読みでした。
読み終わった面白さ故の興奮のまま紹介します。
あらすじ
27歳・井川幹太はアルバイトを掛け持ちしながらワンルームアパートで一人暮らしを続けています。
気楽なアパート暮らしのはずだったが上の階に引っ越してきた戸田さんと望まない付き合いが始まります。
夫婦喧嘩から育児まであけっぴろげな戸田さんに頼られながら、幹太は今まで気にも留めていなかった隣人付き合いも広がっていき、自分自身のひとつの「願い」にも気づいていきます。
誰にも頼らず、ひとりで生きられればいいと思っていた青年が新たな一歩を踏み出すまでを描いた胸が熱くなる青春小説です。
ここからネタバレ注意
ライフの感想(ネタバレあり)
平井から始まる幹太の物語
江戸川区平井が舞台の小説です。
平井は、一言で言えば、地味だ。
本文中での簡潔な幹太の説明。笑ってしまいました。
東東京の江戸川区は葛西臨海公園など観光地として栄えている場所は多くあります。
その中でも平井はというと……確かに浮かばない。それでも総武線の各駅しか止まらないから家賃も安いし、都心へのアクセスも良好、近くにはコンビニがあれば図書館があって荒川と旧中川に挟まれた地域だから散歩道にも恵まれている地域。
幹太にとって住むには文句のない地域という説明です。
私が羨ましいと感じたのは個人経営の喫茶店『羽鳥』です。おばあちゃんがやっている個人経営の喫茶店で幹太は喫茶店でコーヒーを頼んで読書をします。
喫茶店でおいしいコーヒーを飲みながらの読書は私自身の至福の時間です。
こんな風に幹太の徒歩圏内には図書館も喫茶店も、そしてスーパーも揃っている、ある意味このままひとりで生きれればいいと思える環境が揃っているのです。
27歳でアルバイト暮らしは個人的に悪くないと思いますが、環境がこのまま停滞していくような雰囲気もあります。
やりたいことを見つけられないまま、僕は二十七歳になった。まだ二十代半ばだと見ることもできる。もう二十代後半だと見ることもできる。自身の感覚としては後者だ。
幹太の状態は幹太の言葉を借りると「あせりがなくはない」状態です。
その手のあせりに無理に突き動かされるとかつての失敗を繰り返すような想いがあるから。
それは今まで結果的に退職となってしまった二社での経験です。
では幹太の今後はどうなっていくでしょうか。
この物語は住むに居心地のいい街で自分の求めているものがはっきりしていない幹太の物語です。
とても身近で街の様子もイメージしやすくて序盤から興味を持って入り込みました。
「戸田さん」を始めとする幹太の人間関係
戸田さんが越してきて物音に殺意を覚えたりするところから始まりますがふとしたきっかけで仲を縮めます。
幹太の控え目で柔らかな態度に好感を覚えます。
結婚式出席者のサクラ(代理出席)の派遣をしているくらいなのにどこかおどおどしている幹太。
戸田さんに物音がうるさいことを最後の別れまで言えなかったりするところはあるあるというか、激しく共感でした。
なかなか言えませんよね。赤の他人でも、仲良くなったのだとしても。
地域も現実にある地域でコンビニバイトや育児や離婚問題など設定が二十代を経験済みの私にとって身近で、すっと入ってくる物語。葛藤や痛さまで分かる部分があります。
身近に住んでいても知ろうとしなければその人にとって何者でもないということが胸に響きました。
それぞれ出会う人が苗字だけでなく名前まで知ろうとしてきたり、名前の漢字の由来を説明する姿はその人に興味を持つ始まりなのかもしれないです。
その人のルーツや背景はこちらの興味がなければ知ることのない分野でそういうところから動きがなかった幹太の人間関係が戸田さんを始めとして少しずつ動いていく姿が印象的でした。
そして少しの興味からいくらでも人間関係が広がって、結果として自分を知るきっかけにもなるんですね。
だから280ページくらいのそこまで長くはない本なのですが、脇役のような人物にもぐっと興味を持って読んでいました。
戸田さん家族、中条延興さん、義兄・草間守男さん、義父・草間和男さん、澄穂さん、幾乃さん、郡くん……。
他にもたくさん登場人物がいるのですがそれぞれ感じさせるストーリーが垣間見えて濃い。
作者の意図するライフのタイトルの意味かどうかは置いておいて、色んな人生を感じることができて、幹太が出会いと別れを通して一歩前に進む物語のようにも思えました。
バッドエンドの小説にはバッドエンドの小説としての魅力はありますが、こうやって登場人物が一歩踏み出す小説は読後感よくて自身のもやもやを吹き飛ばすような効力があります。
色んな人生に触れられる小説は素敵です。
ライフの感想・まとめ
どこかの女性と恋に落ちていい雰囲気になるのではないか、と邪推していましたがそういう小説ではありませんでした笑
でもそんなのいらないです。
最後の場面が一番よかったです。
中条さんの死を始めとした出逢いと別れを通して、幹太が歩く3月の散歩道。
「何故かいつもとちがうことをしたくなり」散歩コースを変えてみます。
変化の兆しが見える描写の一つ一つをゆっくり噛み締めて読みました。
幹太も自分の「願い」にひとつ気づいて踏み出していきます。
受かりたい。
そう思った。
でも落ちてもだいじょうぶ。
そう思えた。
小野寺史宜さんのファンになってしまう。
幹太の気持ちの流れは自然でゆっくりと確かな変化でした。
ライフを読み終えて感じた個人的〇〇
幹太っていい名前です。
感じは違えど自分の実の弟の名前もかんたで社会人なるくらいからずっといい名前だと思って見ていました。それまではあまり意識はしていませんでした。
この小説の各人物の名前に対する由来が語られる場面が結構あって、人物に焦点が当たっている感じがとても好みの小説でした。
そして平井駅、きっと降りたことはあります。営業で総武線各駅周りを回ったことがあったので(いい思い出はない)。でも改めて降りてみたいと思いました。
特に川沿いを歩いてみたい。
温かみがあっていい読書でした。
[…] 小野寺史宜『ライフ』感想【新たな一歩を踏み出す胸熱青春小説】2019年本… […]