小説

湊かなえ『ユートピア』感想【善意の行き着く果てに見えるもの】

ユートピアと言われるとどんな話を想像するでしょうか。

この湊かなえさんの描く『ユートピア』はきっと誰も想像がつかない壮絶なユートピアです。

悪意によって起きた出来事よりもそれぞれ人間の善意同士の軋みみたいなもの方が恐ろしかったりする。

恐ろしいのに生々しくて人物の感情の変化が面白くて作品に飲み込まれました。

極上の深みのある世界を堪能できる作品です。

簡単なあらすじ・説明

太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町が舞台です。

先祖代々からの住人と新たな入居者が混在する街です。

そんな鼻崎町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っています。

一方陶芸家のすみれは久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつきます。

立ち上がりは上々だったが少しずつ歯車が狂い始めていきます。

美しい海辺の街で立場の違う女性達が出会い、それぞれの理想を追い求める中で生まれる軋みが浮かび上がる緊迫の心理ミステリーです。

ユートピアの感想

美しく豊かな自然がある地方の話です。ゆったりと人生を送りたい人が選ぶだろう町です。

こう書くと穏やかなイメージの小説と思うかもしれませんが違います。

そこには地方の閉塞感があり、町興しを起こそうという空気もある。

また登場人物にはそれぞれ違った願望、欲望がある。

住む人達は元から地元の人や望んできた移住者、はたまた転勤でくることになった移住者など色々な毛色の人間が集まっています。

複雑な人間関係の空気感がそこにはあるのです。

そんな町で立場の違う3人の女性が章ごとに視点を交代しながら話は綴られています。

読んでいてこの3人は自我というか主観というか人間が強いと思いました。内面に譲れない強い自分を持っている。

だからそれぞれの人物が絡み合ってくると心理描写が細かく複雑で絡まり合うような場面も多い。

私としては苦しくなることもあるし、時として応援してしまう時もある。

思い切りそれぞれの人物の気持ちに浸かっていました。

読み応えありの小説です!小説の強さを感じられました。インパクト大の小説なのでミステリー好きでどっぷり人間の心理描写に浸かりたい人にはお勧めしたいと思いました。

終わりに

明らかに悪とは言えない人たちの想いの果ての感情が重かったです。

人の気持ちの変化が生々しく描かれていて凄みを感じました。

誰だって自分なりの幸せみたいなものを追い求めて生きていると思います。それが求めていた形とは違っても納得できるように消化することだってあるはずです。

というか自分自身を納得させた結果は追い求めていた幸せよりも素晴らしいことだってあるのだと思います。

ただその自分の幸せを求めていく中で、他人との関わりで生まれる感情を突き詰めていったら、とても「生」で緊迫していて恐ろしくも見えて苦しいものなのかもしれません。

そんな人と人との関わりの中での感情の変化は怖くもあり、読み手としては魅力的で引き込まれました。

ABOUT ME
いちくらとけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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