小説

小野寺史宜『ひと』【本屋大賞ノミネート作品。とても近い、深く刺さる青春小説】

本屋大賞ノミネート作品です!

「ひと」との繋がりの良い面、悪い面を通してデリケートな過去を持った主人公の聖輔の日々を描いた物語です。

主人公聖輔の姿はとてもいそうで、動いた感情から出るセリフは私自身共感ができる描写ばかり。

とても近く感じた物語でした。

近さを感じる要因の一つとして舞台設定もあると思います。

この小説の主な舞台は実際にある砂町銀座商店街です。

〇〇銀座という名目の商店街は時折メディアにも取り上げられてプチブームが来ていると私は感じています。

戸越銀座、恵比寿銀座、砂町銀座など……。

どれも賑やかなお店が並んでいてデートでも友人でも家族でも遊びにいけて休日は大賑わいのスポットです。

感情と舞台共に私達の周りにありそうな話で、だからこそ私のように深く刺さる人も多いに違いないと思います。

あらすじ

聖輔は十七歳で父を亡くし、二十歳で母を亡くします。母を亡くした後、大学を中退し、それまで取り組んでいたバンドも辞めました。

ある日、使えるお金が55円という中でお腹が空き砂町銀座のお惣菜屋さんで50円のコロッケを買おうとするところから物語が始まります。

縁でそのお惣菜屋さんで働くことになり、商店街の温かい人たち、お金をせびる親族、通っていた大学の友人、偶然出会った地元鳥取の同級生など様々な人付き合いを通して聖輔の心情が少しずつ変化していきます。

ここからネタバレ注意。

ひとの感想(ネタバレあり)

なかなか設定としては重いです。

物語の前提という形で聖輔に起きていたことが読みやすい文章でさらっと語られるので驚きました。

そして聖輔は涙に暮れているわけでも落ち込んでうなだれているわけでもなく違和感も感じました。

普通に会話もするし真面目に働きます。

私のステレオタイプな先入観だと、父も母も続けて亡くなり大学も辞めざるを得なくて友人づきあいの要でもあったバンドも辞めベースは売ってしまうという設定が始めにあると、重く暗く落ち込んだ主人公がなかなか後ろ向きで上を向けないまま過ごしていって、劇的な出来事があって前を向くような物語を想像してしまいます。

でも聖輔はそれまでの友人ともごく普通に会話もし、暗くもなく、落ち込むような描写もありません。

おかしいと思いつつも読み進めていくと聖輔の心情が私に馴染み始めて本当に近くにある態度のように感じ始めます。

聖輔はどこかで自分の人生を諦めている。

読むのを立ち止まってその気持ちを頭に浮かべると苦しくて悲しい。

駄目でした。どっぷり彼の気持ちに浸かるのを辛くても止められません。

聖輔の優しくてやや遠慮がちな行動を見ていると応援したくなるしそこにつけこむ身内の基志には怒りを覚えました。

聖輔はいい人なんです。滅多にというか怒らない。

自分を出さない。

本当は人に甘えてもいいし、自分の進路に夢を見てもいいはずなのに。年齢的にも立場的にも。

読者として側から見ていて、上記したみたいな色んな自分勝手な人もいる中で諦めて弱く過ごすのでなくて聖輔はもっと迷惑かけても前に進んで欲しいと思って。

聖輔の周りの人たちの気持ちとリンクし始めて、基志から守る映樹の言葉も嬉しかったですし、何よりも感動的な言葉は基次の件について店主の督次がアドバイスした後のやりとり、

「はい。ありがとうございます」

「そんなことで礼を言わなくていい。聖輔は人に頼ることを覚えろ」

聖輔はどこか自分の感情で話しているのではなくて空気で会話しているように思えます。

督次の「そんなことで礼を言わなくていい」という言葉は本心から聖輔の力になりたい気持ちがにじみ出ていて泣けました。

この物語は色んな「ひと」について描かれています。

もう一人特記しておきたいのが高瀬涼です。

人にランク付けをして会話をする人。

会話の中で上のポジションを取っていることをアピールするつもりではないのだろうけど出てしまっている人。

否定するわけではなくて色んなひとがいるからこそ、聖輔の気持ちにずかずか踏み込んでいく姿が聖輔の人柄と気持ちの変化を感じさせてくれます。

応援しながらそんな聖輔の気持ちの変化を追うことができたのであっという間に読めました。

読後感もよかった。

終わりに

分からない人や弱い立場の人に強くなれる他人はどこにでもいます。

苦手です。

でも他人をどうこう言う前に自分がそうなってるのではと思う時もあります。

お店の店員や仕事上の取引先に対してとか、新人に対して、仕事ができないとレッテルを貼られている人に対して。

よくない、そうなりたくない。

ランク付けして会話する人にもたくさん会いました。

もう嫌な気持ちにそうなることもなくて逆にこういえば喜ぶというのが分かりやすいからいいのですが、ふと我に返ると「腹黒い」と自分を思う時があります。

同時に我儘っていつから言わなくなったのかな?と本を読んで考えました。

人に迷惑がかかるかもってブレーキは大切だろうけど、自分の本心からのしたい行動が見えづらいのは寂しいですね。

この本の聖輔のように最後に自分の気持ち直結の行動をとった姿はもはや応援でも何でもなく私にとっては憧れでした。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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