「ちょっと複雑だろ、僕の家」
帯に大きく書かれた智晴の言葉。
「シングルマザーになった「はは」と、双子の弟たちの「はは」役を務める僕。
どんな形でも家族は家族だから。
と続きます。
この文言から、壊れた家族の物語かと思います。
そして窪美澄さんはそれをリアルに胸に刺さっていく文章で綴っていきそう。(あくまで私の主観)
そんな気持ちで手に取って読み始めました。でも、実際はそんなイメージだけではなく、また違った印象の新しい体験をもらえた物語でした。
不幸の物語ではけしてありません。でも、単純な心模様を描いたものでもない。
様々な気持ちがすれ違って重なって、その先に一筋の光をともしてくれる家族の一代記を紹介します。
あらすじ
智晴を産んだ由紀子は優しい夫と義理の両親に囲まれ幸せな家庭を築くはずでした。
しかし、双子の次男、三男が生まれた頃を境に次第にひずみが生じていきます。
死別、喧嘩、離婚と流れていく中で、長男の智晴は一家の大黒柱として母と弟を支えながら懸命に生きていきます。
まさに家族の一代記と言うべき、家族それぞれの気持ちが交差し合う物語です。
『ははのれんあい』の感想
家族関係のひずみ
1人1人それぞれの気持ちが伝わってきてうまく転がっていかない状況に痛くもなります。
死別、喧嘩、離婚と短い言葉で表してもその背景には差し迫った登場人物の気持ちがあります。
父も母も自分の居場所を求めていく中で気持ちのすれ違いは深刻です。
きっと実際の生活でどちらかの立場に立った時に気づくことはできないだろうと思います。
やりたいことがあって、やらなくてはいけないことがあって、これから歩んでいく人生がある。
きっと傍目から見ると「親の責任」という言葉でそのほとんどは「我慢」することが正義とされるのでしょう。
私は父がとった行動の気持ちはわかるけれど、賛同はできません。たぶんその場に居合わせたら糾弾してしまうのだとも思います。
だけど、その後の母の姿や父を慕う双子の姿、最終的な智晴の姿を見ると「我慢」だけが正解なのではないのだとも思いました。
でもそれにはたくさんの難しい局面があって、勿論痛みもあります。
智晴の姿、成長に涙(ネタバレあり)
その中で懸命にまっすぐな気持ちで奮闘する智晴の姿、智晴の成長に涙でした。
繊細な感情の交差し合う中で浮かぶ優しさを窪美澄さんの小説を読む度に感じているような気がします。
この人のこの行動は間違ってると思っても、ふと他の人物の行動や言動とかでどうしようもないことなのかもしれないと気付かされることもありました。
実際の毎日って単純にこれが正しくてこれが間違いなんて言えないことだらけなんだと思います。
それでもテレビを見てると一つの正しさが絶対だと思わされてしまうこともあって、とても難しいし、自分もまだまだなのです。
終盤、父と智晴の会話の場面、
「今日もおまえだけ来ないかと思ってた。ありがとうな。……本当に悪かったと思っている。おまえには……」
「父さんがあやまる必要があったのは、もっとずっと前のことだよ。それは僕にじゃない。母さんにだよ。だけど、もうそんなことどうでもいいんだ。母さんは恋人と幸せになるんだから」
父の大きな手のひらが智晴の頭をがしっとつかんだ。その手が智晴の体を引き寄せる。懐かしい父のにおいを感じながら、智晴は思った。肩車、僕もしてもらいたかったな、と。
智晴の成長と健気な本音の部分が混ざったこの場面で号泣でした。
智晴のこれから良いものであって欲しいと願います。
終わり方も優しさがあって読後感もよかったです。読み終えてみるとタイトルも深いですね。
終わりに
家族の関係に関する問題は大なり小なり誰もが持っていることだと思います。
自分が小さい時の父や母の年齢に近づいていくとあの時、こういう気持ちだったのかなとか推測することは出来ますが実際のところはわかりません。
きっとその時その時、自分のやりたいことやなりたい姿があって、家族があって、選択してきたのだと思います。
色んな立場がって本心があることを感じられる素敵な本で話題になって欲しいと思うのだけど、帯だけ見るともしかしたら母親世代の方を中心に手に取る世代は限られるのかもと思いました。
でも正直なところ、若い方に読んでもらいと思いました。智晴が中心の物語はその場面場面の心情のかけらから楽しめる部分や感じ入るような部分があると思うからです。
それにそれぞれ幅広い世代の登場人物がそれぞれの方向で考えながら描かれているので、自分の世界も広がると思います。
窪美澄さんの作品は私にとって大切なものばかりで感想記事も今までいくつか投稿しておりますのでもしよかったらそちらも読んでみてくださいね。前回投稿した感想記事はリンクを貼っておきます。
窪美澄『たおやかに輪をえがいて』感想【新たな道が輝き出す傑作長編】|【雑記ブログ】いちいちくらくら日記 (tokeichikura.com)