創作ショートショートです。
全部で6000字ほどなのですが、2000字ずつ前・中・後編に分けて投稿します。
今回は後編です。5分ほどで読める分量です。
前編はこちら。
中編はこちら。
『うさぎワンダーランド』後編
いつかはなんて夢のまた夢。分かっているようで分かっていない。
いつもよりも晴れたような気がする空は変わらない空なのに背中を押してくれているような気がした。
草原には優しい風が吹いていた。草花たちは合唱を楽しんでいるように揺れていた。
アナシロはその中心にいた。
空を眺めている。
彼女は何かを抱えている。それを少し分けて欲しいと思うのはおこがましいのだろうか。好きな人の気持ちを知りたいと言う気持ちは傲慢なのだろうか。
どうしたら本心に近づけるだろう。
交わす言葉は身体の外側をぐるぐる回るばかりで中身に届く感触がない。
強烈な拒否ですらまだ本心の彼女の姿だったならば迫ってみたい気もした。怖いけれども。
「……こんちには」
いつもの挨拶が緊張する。口角を上げる口元がぷるぷる震えていてやや歪んでしまっているのが自分でもわかる。
「こんにちは」
何も気づいていない風にアナシロはいつものように耳を一瞬ぴんと張った後、こちらを見てほほ笑んで挨拶をする。その微笑みが幾分か僕の気持ちを楽にした。
今日、告白するのだ。
頭の中で僕は決めている。昨日の夜はケージの中で何度も頭の中でロープレした。想像の僕は流暢に話せる時もあったし、まるで話せない時もあった。告白がうまくいって二人で笑いながら会話している姿は想像だけで飛び跳ねてケージの柵に頭をぶつけてしまうほど高揚を運んでくれたし、失敗して無言で涙を出す事すらも憚れるような重苦しさを想像すれば落ち着かずかじり木を無心でかじり続けていた。
「あ、あんさ」
「ん?」
「……ううん」
うまく言葉がはまっていかない。昨日のロープレや今の自分の伝えたい気持ちと言葉がうまく重なってくれない。それよりも緊張とか恐れとかばかりが大きくて言葉を震わせる。
ああよくないああよくないああ。
「ねえ、あのさ、伝えたいことがあるんだ」
アナシロは「うん」と身体の向きを変える。僕と向き合う。「どうしたの?」
「うん」僕は咳払いをして一区切り。「実はね」
「うん」
張りつめられた一瞬の空気を頭では考えずただ練習した言葉を吐き出す。
「僕、アナシロのことが好きなんだ」
胸の中で言ってしまったという一つの風船が弾けたような衝撃がある。アナシロの表情はぴくりとも動かない。
「……うん」
アナシロは言う。「ありがと」
僕は救われたような気持ちになる。
それからしばらく沈黙がある。アナシロはこちらを見続けている。あれ?と僕は思う。想像ではここからイエスかノーか何か答えが返ってくるはずだった。「あぁ」僕は小さな声で言葉を繋ぐ。
「あ、……えっと、その付き合ってほしいんだ。よければできれば」
「そう……」アナシロは考える。「付き合うって何をするの?」
「うん……ええと、例えば二人でお話をしたりとか」
「今と変わらない?」
「ううん、もっと深くっていうか、たくさんっていうか、仲良くっていうか」
「よくわからないよ」
「恋人になりたいってことだよ」
考えながらゆっくりとアナシロは言う。
「そっか、恋人……お互いに好き合うってことだよね」
僕はうんうん頷く。「そうそういう感じ」
そしてアナシロは僕から目線を外してしばらく黙った。彼女は真剣なまなざしで空を眺めていた。
空は雲一つない青空である。青が突き抜けてしまうのではと思うくらいに空を見つめるアナシロの姿は嬉しくもあり、苦しくもあった。
僕が望んでいた彼女の本心が空には浮かんでいるように思えた。アナシロは本心を睨んでいるのだ。
どれくらい時間が経っただろうか。きっと短い時間だったのだろうが僕には長く感じられた。彼女は空を睨みつけながら言った。
「わたしのどういうところを好きになったの?」
「あ、うん、えと」あたふた頭の中で考えて返答する。「白い毛並みとかくりっとした目とか」
あぁ、中身の好きなところを言ったほうがよかったと言いながら思うがうまく言葉にするのが難しいように感じた。
アナシロは微笑んだ。「白い毛並みかぁ……」
微笑みが正解を当てたような気分になって僕も満面の笑みで頷く。「すごく綺麗だよ」
「ふーん……」
彼女は目を細めながら僕の方へ身体を向けた。そして小さな手で白い毛並みを撫でるようなしぐさをした。
一度、二度、三度ふんわりした毛並みを彼女は撫でた。
そして、急変した。
彼女は爪で身体を大きく引っ掻いた。
一度、二度、三度、四度……。白い毛並みが血で赤く染まっていく。
「え、な、何、どうしたの?」
僕が手で静止しようとすると彼女はきっと僕を見つめた。
「赤くなった。これで嫌いになったでしょ」
そして口角を上げて顔全体を引き延ばすように大きく微笑んだ。
「え、え」
僕は戸惑って言葉が出てこないが首は大きく横に振った。精一杯の表現だった。
「あと、くりっとした目だっけ」
アナシロは真っ赤にした爪を目に近づける。
目を突く瞬間と僕が覆いかぶさるのがどちらが速かっただろうか。僕が彼女を覆いかぶさると彼女はまるで抵抗感なくそのまま倒れ込んだ。それで彼女の足が昨日よりもさらに腫れてしまっていることに今さらながらに気づいた。
僕は赤い身体が発した熱を胸に感じながら叫ぶように言った。
「赤くなったって、目がくりっとしていなくたって、全部だよ、空見ているアナシロだったり、話してくれているアナシロだったり、いや違う、そうなんだけど違う、でもね、全部、全部好きなんだ。だからどうなったって好きなんだ!」
僕の言葉はやっぱり身体の外側をくるくると回っているように響く。だけど、彼女の発する熱は内側の芯の芯から触れる僕の身体へと伝わっていく。
アナシロは何も言わない。身体を震わせているだけだ。
僕は恐る恐る抱きしめる腕の力を少し強める。伝わればいいのに。でも、伝わっても伝わらなくても物語は続く。
終わりに
話の終わりは「物語は続く」ですが、これで『うさぎワンダーランド』はおしまいです。
お読みいただいた方、本当にありがとうございました。