小学1年の夏休み、母と二人で旅をした。
その後、私は、母に捨てられた――。
『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞受賞後、第一作となる『星を掬う』を紹介します。
「母に捨てられた」という境遇は全ての人が共感できるものではありません。でも、この物語で描かれている割り切れなかったり、囚われ続ける過去や未来への不安という気持ちは誰にでもあるのだと思います。
だから読んでいて痛むくらいに深く突き刺さる。苦しかった。そして最後には救われる想いにもなりました。
あらすじ・内容紹介
千鶴はラジオ番組の賞金欲しさに、ある夏の思い出を投稿しました。
それを聞いて連絡してきたのは自分を捨てた母の「娘」だと名乗る恵真。
恵真と会い、その後、母・聖子と再会し同居することになります。認知症を患う聖子の姿を見て、千鶴は――。
共同生活からの変化を描く物語です。
ここからネタバレ注意!
星を掬うの感想(ネタバレあり)
描かれる絶望と再生
取り扱われるテーマは、母親と娘の関係、家族の問題、DV、認知症、介護など非常に重い。
小見出しには再生と書きましたが、抱える問題がすっきりさっぱりなくなったり、乗り越えたりするわけではありません。
抱えて、折り合いがついて、前に進むと言うのでしょうか。
悪いことがなくなってハッピーエンドはすっきりとするのかもしれないけれども、重みを感じて前進できるから私は共感できました。
扱われるテーマが自分自身の問題とは重ならないことも多いけれど、どうにもならないことや囚われている物事が自分の中に収まっていく過程は苦しいけど美しいです。
特に千鶴の境遇というのは苦しかったです。千鶴が母親を筆頭に周りにぶつける言葉は、何も知らなければ「何言ってんだ」と怒りを覚えてしまうものなのに、私自身の引き摺っている何かが呼応して想像できて共感に近い気持ちになってしまいました。
それくらい繊細でデリケートな部分が描かれた小説なのだと思いました。
過去、現在、未来と見えるもの
過去も今も未来がとめどなく重く暗いというのが絶望。
全部が繋がっているのですが、今現在元夫に追われていたり、聖子は認知症が少しずつ進行していたり、取り囲む物事が大きくて、しかも暗く重いと一杯一杯になって絶望に変わっていきます。
それを変えてくれるのは人との関わりです。
でも勿論その関わる人というのもそれぞれの気持ちや抱えているものがあります。
だから読み進めているとどの登場人物の過去、今、未来も単純に読み飛ばせるものではなくて、うまくお互いの気持ちが重なる場面に喜びを感じました。
それは本当に奇跡的だと思う。
オセロみたいに盤面のたくさんの黒が少しずつ白にひっくり返って、全体がなんとなく白く明るくなっていくような全体の印象を感じて最後は救われました。
掬うということ
軽く触る様にして表面にあるものや中にあるものを取り出す事。この表現がよく物語に合っています。
「きっとこれからも、お母さんは記憶の海を掬うんだよね。そしたらさ、どんなものを掬い上げたか、わたしに話してよ」
ときには、星ではない哀しい記憶、辛い記憶を掬うときもあるだろう。わたしはそれでも教えてほしいと思うけれど、母が嫌なら、無理に聞こうとはしない。いまみたいに、うつくしい星を一緒に眺められたら、分かち合えたら、それでいい。
ラスト場面の一番好きな会話です。
私達は記憶を掬いながら生きています。
辛い記憶もたくさんあるし掬って苦しくなってしまうことも多いけど、星みたいな綺麗な記憶は大切な人と分かち合いながら過ごしていけたらそれは光となりますよね。
終わりに
『星を掬う』も本屋大賞にノミネートされ、最近知人との会話でも町田そのこさんの小説が話題に上がることも本当に多くなってきました。
目を伏せたくなるような現実を感じさせられるけど、この作品には光も差しています。
だから現実が辛く、暗く落ち込んでいる人がこの小説に出会って共鳴して最後には少しでも光を見つけてくれればと思います。
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