創作ショートショートです。
全部で6000字ほどなのですが、2000字ずつ前・中・後編に分けて投稿します。
今回は中編です。5分ほどで読める分量です。
前回はこちら。
『うさぎワンダーランド』中編
アナシロはいつものように公園でじっと空を見ていた。僕が挨拶をすると頭をぴくっと動かせて耳を揃えた後、顔をこちらに向けた。
「ゆっくり雲を見てたら寝そうだった」
そしてアナシロは小さく欠伸をした。黒目からわずかに涙が滲んでいた。そして欠伸は僕に伝染して僕は少し大きく欠伸をした。
「平和だね」
僕が言うとアナシロは首をかしげた。
「アナシロの動きを見てると穏やかな気持ちになるよ」
「それはよかった」
彼女は短く言った。会話が終わってしまって僕は困る。もっと話をしていたいのにもうアナシロは空を見ている。
「ねえ、たまには公園の端っこにあるベンチに座っておしゃべりしない?」
いつも同じ場所でアナシロは空を見ている。そういえば僕が見る彼女の姿はいつも同じであった。ベンチに二人で並んで座ってみれば何か変化がありそうな気がした。
そんな僕の気持ちを他所にアナシロは小さく首をぷるぷる横に振った。「ううん、いい」
「なんでなんで」
僕とおしゃべりすることを断られたような気持ちになって無理に口角を上げて笑顔を張り付けて声高に僕は聞いていた。
「面倒だから」
「すぐそこだよ」
アナシロの声に被せ気味で言ってしまって僕は恥じる。「ごめん」
アナシロは何も答えなかった。ただ空を見ているだけだ。
ふと僕には違和感があった。アナシロの美しい毛並みの中での違和感。空の青と白い雲と翠の草原と白いアナシロ。
「足どうしたの?」
「なんでもない」
アナシロの左足は赤く腫れていた。
「なんでもなくないでしょ。どうやってここに来たの?」
「ふつうに歩いてきたわ。だから大丈夫」
言葉尻が尖っているのは気のせいだろうか。
「足ひねっちゃったの?」
「なんでもない」
「なんでもなくないでしょ。だったらベンチまで歩いてみてよ」
アナシロはこちらをじっと見た。しばらく見つめている間に僕は何百回も吐いた言葉を後悔していた。「いいわ」
そして僕の前を踏み出す。まずは怪我をしていない足から。その時点で彼女の顔が歪んだので痛みが分かった。そしてもう一歩踏み出そうとした時に彼女の身体が傾いているのを見て「ごめん、いい、もう歩かないで」と僕は叫んだ。
「大丈夫」
彼女は歪んだ表情を隠せもしないで強く踏み出そうとするので僕は彼女の前に立ちふさがった。
「いいよ、ごめん。ごめんなさい」
アナシロは僕の表情を見て沈んだ。
「こちらこそごめんなさい。痛いの。だからベンチまでももう行きたくない」
そしてその場で尻餅をついた。
「あなたがいなくなったら寝そべりたくなるくらいで、早く帰ってって願ってた」
アナシロがようやくこの日初めて少し笑った。
僕も横に尻餅をついた。「そうだったんだ。気にせず寝そべってもいいからね」
「ううん、おしりついちゃえばもう楽ね」
「無理してない? 僕帰ろうか」
「もう無理してない。帰らないで。今この場で私を残したら鬼だと思うよ」
「えへへ。帰らないよ」
ようやく同じ空を見れたような気がして僕も笑った。しばらく一緒に空を眺めている空気は見える雲の動きのようにゆるやかだった。
「家族に投げられちゃったの」
アナシロはぽつりと言った。僕がアナシロを見ると彼女は空を見つめたまま話した。
「ぽんって。その時私の足ひねっちゃって」
「そうなんだ」
飼い主の愛情表現と言われる行動の数々は僕達にとって必ずしも嬉しいことばかりではないことはよく耳にする。
クッションとか柔らかなものに投げられたのだとしても僕達は簡単に怪我をする。もろいのだ。
「実はさ、昨日は公園にも行けなかったんだ。でも昨日の夜、家族が帰ってきてうまく動けない私を見て、たぶん可愛らしくなかったのでしょう、すぐに飽きたのかケージに入れられてしまったのがショックだったの。だからもうあの空間にいるのもいやで今日は頑張ってここまで来たの」
「つらいね。でもよくここまで来たね」
「足はなんとかなってもストレスで毛が抜けるわ」
「飼い主は選べないからね」
「誰がよくて誰がよくないのかなんて私にはわからないけどね」
「そりゃそうだ」
僕達はひとしきり笑う。うさぎの井戸端会議。
「今日はいつごろ帰るの?」
「さぁ、でも暗くなる前には帰らないとね。時間たくさんかかるからそろそろなのかな」
「病院には連れていってもらえるの?」
「わかんないよ。気づいてもらえているのかすらも」
「あー、やんなっちゃうね」
「ほんと、やんなっちゃうね」
僕達は途方に暮れた。
「もし足が治んなくなって跳ねられなくなったらもう捨てられてしまうのかしら」
「それはいくらなんでもないでしょ」
「跳ねられないうさぎなんて、そんな足がよくても跳ねたりはしないけどさ、置物と一緒だよね。いや置物のほうがずっとかわいい」
はぁぁぁぁ、と深くため息をアナシロはつく。
可愛く感じられなくなった恋人なら別れればいい。夫婦でも離れて暮らすなりすればいい。でも僕達がもし主達の生活に合わなくなったのならどうなるのだろう。
「大きくなってしまったうさぎに飼い主は見つからなさそうだしね」
「厳しい世の中だね」
今度は僕がはぁぁぁぁ、とため息をつく。
「でも、大丈夫だよ。アナシロのところだってそんなアナシロを捨てたりはしない。きっと足だって治るし、これからはきっと大切に接してくれるよ」
アナシロはじっと僕を見る。黒目に捕えられて僕は固まる。
彼女は何か言いたそうな目だったが僕に真意は残念ながら伝わらなかった。同じうさぎ同士だって気持ちを伝わるということはこんなにも難しい。
「変わらない気持ちがあればいいのに」
彼女は空を眺める。僕はアナシロを眺める。
彼女に僕の気持ちを伝えたいと思ったのはこの瞬間だった。それはもしかしたらアナシロのため息を消してくれるような気がしたし、何よりも伝わらないことを嘆くより伝えようともがく方が僕らしいような気がしたからだ。
「勝手かな」
「え?」アナシロの耳がぴんと張る。
「ううん、何でもない」
眺める空は何も変わらない。(続)
終わりに
少しずつ雰囲気を変えて行こうと前・中・後編で書いています。
また次でラストになります。短いお話ですがよければ読んで頂ければと思います。
台風が来ます。
私はこれから夜勤に出かけるのですが緊張感があります。
何気なく無事に過ぎ去ってくれるといいのだけれど。
皆さまの無事を祈っております。