創作ショートショートです。
全部で6000字ほどなのですが、2000字ずつ前・中・後編に分けて投稿します。
今回は前編です。5分ほどで読める分量です。
『うさぎワンダーランド』前編
そもそもの始まりは秋の公園で日向ぼっこをしていた時だった。彼女は自分のような色の白い雲を眺めて小さな耳をぴくぴくと震わせていた。
僕はそんな彼女の姿と彼女の見つめる先である空を交互に見て、あの青い空に浮かぶ白い雲の隣に僕みたいな黒い雲が寄り添っていたらどんな感じだろうかと想像していた。そして、それは悪くなかった。悪くなかったことが安心を生み、見つめている内に好意に変わっていったのはどのタイミングだろう。わからない。それは二日前の人参と三日前の人参を比べるようなものだった。
僕の日向ぼっこの回数が増えていくにつれてようやくわかったのは彼女は午前中、公園に来ているということだった。
僕に気づいてくれないかな、と何度思ったか分からない。でも彼女はいつも空を見ていて、僕のことなんか上の空だった。空に心を奪われて上の空。笑えもしない。
十年くらいの寿命の中で一日一日が過ぎていくことにあせりがあった。一度切りのうさぎ生の中で時間をおろそかにすることは自分のうさぎ生をおろそかにすることと同じだ。
「いい天気ですね」
草原には優しい風が吹いていて草花たちがワルツを踊っているようだった。彼女は小さな耳を一度大きく震わせてこちらにその大きな黒目を向けた。
「そうですね」
彼女が嫌そうな表情を見せることなく答えてくれたことに僕は安心する。
「青空、綺麗ですよね。ずっと眺めていると何だろう……安心する」
「安心?」
「そう、大きなものに包まれているような、守られているような」
彼女は身体をこちらに向けた。「あなたは何かに追われているの?」
「ううん」僕は答える。「そっか、変なことを言ったね」
「ううん」彼女も答える。「その気持ち分かるわ。追われているわけでもないのに、空を見ていると安心する。守られているような気がする」
何がよかったのか分からないけれど、僕は彼女とこれから先も会話する権利をこの時得られたような気がした。彼女の名前はアナシロと言った。
アナシロと顔を合わせると会話をするようになった。アナシロは飼い主が仕事へ出かけると公園に来て空を眺めるらしい。「お留守にしておうちは大丈夫なの?」と聞く僕の質問は野暮だった。だって僕も彼女が午前中に公園に来ていることを知ってから相当な頻度で飼い主に内緒で家を抜け出していたわけだから。アナシロは「家にいたくないから」とだけ答えていた。僕はそれ以上は聞かなかった。
いたくなければいなければいい。でももし同じおうちにアナシロがいたらと想像すると僕はそれだけでおうちにいたくなってしまうのだろうと想像する。じゃあ、おうちって何なんだろう。分かっているのは僕はアナシロに相当参っているということだった。
同じおうちで暮らすというのはそもそも無理な話なのだけど、アナシロとずっと一緒にいれたらいいのに、と思う。
いつかは……。夢のまた夢のような話なのだけれど。
それでもアナシロが公園に来なくなるまでの期間、僕達はたくさん話をした。彼女は僕をよく心配した。
「家へいなくて大丈夫なの?」とか「陽に当たり過ぎていると身体によくないから日陰で休んでいれば?」とか。
そのままアナシロに返してあげたい優しさだったがアナシロは自分自身のことはどうでもいいようだった。アナシロに「今日は暑いから日陰でお空を見ない?」と言ってみても「うーん、ありがとう。でもわたしはいいわ。あなたは日陰でゆっくりしていてね」と柔らかく笑った。その完璧な笑みに僕は何も言えないのだった。彼女の僕よりも小さい耳でうまく放熱できているのだろうか。僕はアナシロを眺めながら思ったものだった。
アナシロと会話していて辛いのは彼女から振られる興味津々の、僕が住んでいるおうちの違うケージのウサギがいてその娘の話だった。
アナシロは僕がその娘、ネザシロを好きだと勘違いしているようだった。
「お隣にかわいい娘がいるってどきどきしちゃうね」
僕との話で一番アナシロが表情を輝かさせる話なので僕はどうにもこの話を邪見にすることができず、「かわいいと思うけど、そんなかわいいわけでもないよ」なんてよく分からない返答をしてしまうのだった。
本当は「ネザシロはかわいいけれど僕にとってはアナシロが一番かわいいと思っている」と伝えたいのだけど、うまくそれを伝えられなかった。ネザシロだってかわいくなくはないし、大事な家族だから、少しでも悪く言うのは嫌だった。
だから、アナシロは僕が照れ隠しをしていると思っているのだろう。時々僕はアナシロがまるで僕を異性として見てくれていないことに落ち込んでしまう。
だったら僕の身体や環境を気づかうことなんて言わなければいいのに。
冬の寒い日、家から抜け出してきた僕の顔を見たアナシロは自分の巻いているマフラーを僕にかけてくれた。
なんでこんなことしてくれるのだろう。
僕は実際の温かさと心の温かさで泣いてしまった。
「泣くほどないのに」
アナシロは笑う。僕はまた泣く。
僕がついに告白をしようと決めたのは春めく暖かい日が増え始めた頃だった。(続く)
終わりに
「うさぎワンダーランド」は学生時代から書いている題材の一つです。うさぎワンダーランドやらカーテンさんやら投稿するのに勇気がいる題材ですが、他人の見られ方よりも出したいという気持ちが勝り出します。
後編は続きですがまた違う感じに展開するのでもしよければ読んで頂けると嬉しいです。(今月中には更新します)