小説

【やり切れない想いの行き先を探す物語】小野寺史宜『いえ』感想

累計32万部突破! 『ひと』『まち』に続く新たな下町荒川青春譚!

『ひと』は2019年本屋大賞第2位の作品です。私はこの『ひと』で小野寺史宜さんの作品と初めて出会い、それからその世界、特に東東京の舞台で描かれる青春物語にハマっています。

本ブログでも力を込めて紹介してきました。

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描かれる家族関係、友人関係は決して軽いものではありません。

でも、親しみやすい下町の舞台と素直な会話は読みやすく、いつの間にか登場人物全員の気持ちの変化に微笑んでしまうような展開に引き込まれます。

本作も間違いなく、読後、読者に前向きな気持ちを与えてくれる作品です。

『いえ』のあらすじ

社会人3年目の三上傑には大学生の妹、若緒がいます。仲は普通。しかし最近、傑は妹のことばかり気にかけています。

それは傑の友達であり若緒の恋人でもある大河がドライブデート中に事故を起こし、その後遺症で若緒は左足を引きずるようになってしまったから。

以来、三上家はギクシャクしていて、傑は家族に、友に、どう接すればいいのか思い悩んでいます。

家族と、友と、やりきれない想いの行き先を探す物語です。

ここからネタバレ注意!

『いえ』の感想(ネタバレあり)

傑の変化

傑は不器用な男として描かれています。

若緒と会話をすれば「じゃあ、○○」とか「一応」とか自分の気持ちがそこにないような会話を良く突っ込まれています。

そして母親や職場のパートの方との会話でも、うまくできず、都度都度、引っかかりのあるような会話になってしまいます。

根底としてあるのは、若緒の事故とのことや、職場での立ち位置など、うまくこれはこれと定めることができていない傑の内面の不安定さです。

正直、若緒との会話でも、職場の同僚との会話でも、恋人との関わり合い方でも、知り合いとの会話でも、どの登場人物と比べても誰よりも煮え切らないふわふわした感じが嫌でした。

でも、傑の周りの人たちは本当に温かい人たちで、物語の中でたくさんの気づきを傑に与えてくれます。

その気づきの中で傑が少しずつ気持ちを前に進めて、ふわふわした気持ちが定まっていく姿を見ていると、いつのまにか嫌な気持ちは無くなって、まるで自分自身の姿を見ているような感情移入と応援したい気持ちが起こってきました。

結局のところ、傑に対して嫌な気持ちになっていたのは、自分自身との重なりを感じたからかもしれません。

傑が自分自身の行動を見つめ直して、物語の後半、動き始める姿は本当に嬉しかったです。

若緒の言葉

物語中、出来事としては一番重い内容の当事者である若緒。

若緒と関わる傑の姿には怒りを覚えたこともありましたが、若緒は物語の頭から応援したい存在でした。

過去の話は苦しくなることもありましたが、就活に取り組む姿を始め、今現在の姿は傑や家族よりも乗り越えた強さのようなものを感じてその言葉一つ一つに感心させられるものがありました。

でも、それも強がりなのではと感じてしまうところは前段でも書きましたが私は傑の気持ちに近いものを持っていたのかもしれません。

若緒から学ぶことは私にも多くあったのですが、一番響いた言葉を一つ、

「ものごとはね、全て気持ちの問題なんだよ。気の持ちようで、どうとでもなるの。って、ゼミの先生が言ってた」

ゼミの先生の言葉ではあるのですが、それを若緒が話していることが何よりの前進なのだと私は感じました。

傑との会話には所々、笑ってしまうような冗談も混じっていて、こういうのを読むと兄妹っていいなぁと思います。

登場人物それぞれの世界

傑の家族だけが描かれた小説ではありません。

職場の人間関係や友人関係、ご近所に住む人たちとの関係など、作品の世界はあらすじよりもずっと広いです。

それぞれ、想像しやすい身近に感じられる問題も多くて、その度に感情を揺さぶられます。

職場の方とのトラブルも似た話は私の職場にもあって身近。パートの方のシフトの話だったりお子さんの体調不良での休みについて、社員さんとの関係がギクシャクするというのは実際にも良く聞く話です。

俳優を目指す同級生の話などやその他の職業に関する詳細なども、大きく物語の主というわけではないけど、細かく書き込まれていて想像しやすいです。

小説の作り込みというのでしょうか。そういう要素が興味深いし、物語に引き込まれていくきっかけになりました。

終わりに

『まち』や『ひと』と内容がつながっている作品ではありません。

でも舞台は同じで、もうお馴染みとも言える人やお店が登場します。

郡くんは私の中で愛着のある登場人物です。そして『まち』の主役である江藤くんも出てきてとても嬉しかったです。田之倉商店は私を砂町銀座に行かせたきっかけのお店だし、『羽鳥』も本当にお馴染み。

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だから本作品を読んで好みの雰囲気を感じたならば、『ひと』、『まち』もぜひ読んでほしいおすすめ作品です。

出版社は違うので帯には書かれていませんが、『ライフ』も同じく江戸川区平井で繰り広げられる青春小説なのでとてもとてもおすすめです。

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いちくらとけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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