小説

【どんなに特別な人も普通の人】吉田修一『ミス・サンシャイン』感想

「僕が恋したのは美しい80代の女性でした」

目を引く帯の文言。

『国宝』『横道世之介』『悪人』など数々の名作を生み出した吉田修一さんが生み出す小説です。恋愛小説とも言えるし、青春小説とも言える。

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吉永小百合さんの推薦の文章、

「彼女は亡くなり、私は生きた」

鈴さんの哀しみが深く伝わってきました。

作家の故郷への思いを

私は今、しっかりと受け止めたいです。

読後、胸が一杯になった。私にとってずっと忘れられないだろう大切な一作を紹介する。

ミス・サンシャインのあらすじ

僕が恋したのは、美しい80代の女性でした…。

大学院生の岡田一心は、伝説の映画女優「和楽京子」こと、鈴さんの家に通って、荷物整理のアルバイトをするようになった。

鈴さんは一心と同じ長崎出身で、かつてはハリウッドでも活躍していた銀幕のスターだった。

せつない恋に溺れていた一心は、いまは静かに暮らしている鈴さんとの交流によって、大切なものに触れる。

「横道世之介」のような青春小説でもあり、新しい形の恋愛小説とも言える優しい物語。

ここからネタバレ注意!

ミス・サンシャインの感想(ネタバレあり)

岡田一心の日々

大学院生である岡田一心は若く元気で、そして純粋さがある。

昌子さんとのやりとりにムキになって答えるような場面は一心の真っすぐさを表している。

描かれる恋愛はほろ苦いものだし、すごくありふれたものにも感じられる。

だからこそ胸を打つ。読者である私自身の気持ちと重ねて没入してしまう。

『横道世之介』を読んだ時にも同じように世之介の中に入り込んでしまったのだが、また違う角度で一心にも入り込んでしまった。

正直に言えば、私にとってはもう過ぎてしまった時代で、一心の若さゆえの不器用さは眩くて羨ましさもある。

読書って不思議だ。

活字を追う中で忘れてしまっていた想いに気づかされ、そして思い出させてくれる。

一心の移ろっていく想いは刺激的な魅力だった。

鈴さんの日々

一心目線で物語は進んでいくけれど、鈴さんがどういう人生を送ってきたのかは物語の大きな軸の一つである。

長崎育ちの鈴さんは被爆経験がある。頭にはいつも親友の姿がある。

戦争があり被ばくし人生が分かれた光と影のような存在。

そして鈴さんの女優としての成功と鈴さんが抱える変わらぬ想いは物語が進んでいくにつれて、私の中で重量を持っていく。

人生の中で、正しいことや間違っていることをいくつも判断する場面はあるけれど、そこには正解はない。そこには誰とも違う自分自身の想いがあるから。

そんな人生の重さと軽さを感じながら、私は段々とこの物語が自分の中の奥深くに刺さっていくような気持ちになった。

鈴さんの日々は一心だけでなく私の生き方をも考えさせられる。とても優しく、でもしっかりと。

だから冒頭にこの小説を紹介するに当たって「私にとってずっと忘れられないだろう大切な一作」という言葉が出た。

二人の日々が掛け合わされて変わるもの

鈴さんを知り一心は惹かれていく。

クライマックスは「軽井沢の一夜」です

どれも抜粋してしまったらその言葉の雰囲気が損なわれてしまうような深い言葉のやりとりです。

一心の言葉は情熱に満ちて強い。鈴さんの言葉は静かで重い。

決定的に交わることはない想いだ。

鈴さんの言葉は哀しいし、一心の言葉に同調しようとすると苦しくなる。

最後の場面「ミス・サンシャイン」では確かに残された気持ちの変化が描かれている。

この物語の感想として一つ、引用させて欲しいのは戦争への想いだ。鈴さんの実際にはできなかったスピーチの内容。

 西洋の方々にはあまり馴染みがないと思いますが、東洋では身体のあちこちにツボがあるとされています。

その中に膻中というツボがあります。(中略)

寂しくてどうしようもないとき、悲しくてどうしようもないとき、ここを押さえてみてください。

私たちは大切な人を大勢失いました。

私も、皆さんも、あの戦争で大切な人たちを大勢失いました。

 

寂しくて眠れない夜、ここを押してみてください。

そしてゆっくりと深呼吸してみてください。

あわせて世界中の人たちが胸の中心をゆっくり押して深呼吸をしていたならば、この世界がどこか違ったものになっていただろうかという一心の想いも綴られている。

重なることのない鈴さんと一心の想いだけれども、相互にお互いを掛け合わせるように影響し合ったと思う。

そんな一心がけして忘れないと鈴さんや佳乃子さんのことを思う姿は、私にもけして忘れてはいけないこととして完全に重なっていた。

終わりに

小説には重量があると思う。重いからいいというわけでも軽いから悪いというわけでもない。

さくっと楽しめるのも読書の醍醐味だし、私もそんな読書によって気分転換できて日々をがんばろうなんて思った時は数知れずである。

この『ミス・サンシャイン』は重く苦しい物語ではない。優しさと温かさに満ちている。

でも、読後、ずしりと重くなる。私たちが感じることができる最大の単位である「人生」をまるごと感じさせる。

私はこの小説を紹介して読んでもらって、一心のように本当の優しさに触れてほしいと思うし、切羽詰まった状況の中暮らしている人がいるならば深呼吸して俯瞰して欲しいと思う。

読後深い余韻を与えてくれる小説、いかがでしょうか。

そして、この小説を読んで好みだと思う方がいれば吉田修一さんの他作品もお薦めです。このブログでもいくつも感想の投稿はしていますので下記リンク、参考にどうぞ。

吉田修一さんの他作品感想はこちら!

ABOUT ME
いちくらとけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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