湊かなえさんの部活小説。
この文言で皆さんはどんなイメージが湧きますか?
湊かなえさんの作品には読後に深い余韻を残すイメージがあります。
本作『ドキュメント』も帯の文言を見てみると、
「湊かなえがおくる、興奮と感動の高校部活小説。」
と書いてある一方、
「犯人はこの部室に中にいる。」
「正義、意地、嫉妬。真相を巡り、部員たちの本音が交錯していく。」
と書かれています。
これは一筋縄ではいかない高校部活小説ですね。
そして読み終えると確かにそれらの文言に納得し、読んでよかったと思っている自分がいました。
あらすじ
中学時代、陸上で夢を追い求めていた圭祐は事故による故障で高校では放送部に入ることになります。
3年生引退後代替わりし圭祐はテレビドキュメント部門の題材として陸上部の活動を撮影していきます。
すると撮影の中でドローンを使って撮った動画の中に思いもよらない映像が映っていて……。
真相を巡っていく中で部員たちの本音が交錯していく高校部活小説です。
物語の舞台は、2018年出版の『ブロードキャスト』の続きの物語になります。圭祐が放送部に入り新たな夢を見つけていくような内容です。
『ドキュメント』の感想
作品の雰囲気と読後に残ったもの
前作『ブロードキャスト』もほとんど発売してからリアルタイムで読んでいたので三年振りです。
なんとなくの本の雰囲気だけ覚えていて設定は忘れていました。
それでも入りやすく、前作の内容を踏まえてというよりもこの『ドキュメント』で独立した小説として成り立っていたように思えました。
逆に『ブロードキャスト』が他の湊かなえさんの作品に比べてイヤミス(嫌な気持ちで終わるミステリー作品)的な流れが薄かった記憶があったので軽い気持ちで読み始めて油断していました。
『ドキュメント』はイヤミスではありませんが(ちなみにイヤミスはイヤミスで私は好きです)、後半の圭祐と翠先輩のやりとりがとても胸に引っかかってしまいました。
油断していたのですが、どの人物の台詞も違った方向から他人を刺しているように思えて読みながら半ば怒っていました。
誰を擁護するでもなく、その話し合いに怒ってしまったのです。
それだけにとどまらず、圭祐が過去に受けた取材の場面があるのですがその記者の言葉で最悪の気分になりました。
本筋は分からない程度に少し。中学生だった圭祐の家庭環境に記者は触れ、先生が生徒の個人情報に触れるのは止めてほしいとたしなめたところで記者が言った言葉、
――きみの頑張りが、きみと同じ立場にある人を勇気づける。僕の仕事はジャーナリストとしてそれを世の中に伝えることだし、世の中の人たちには「知る権利」がある。
あぁ、思い出すだけで嫌だ。
でも、どこかの部分で、自分も同じことをしているのかもしれないとも思ってしまいます。
誰もが自分の中の正義があって判断基準として行動しています。
社会で生きている以上、そこにはマナーがあるべきだし、まして対象が子どもで、さらにデリケートな内容に触れる時の配慮は大人が進んでするべきだとも思います。
でもそんな「べき」という言葉自体が暴力的なのかもしれません。
共感力を持てというのも人間の特性で学ぶことのできない難しいものだということは障害福祉施設に勤めているからこそよく感じることでもあるので。
そんな自分がこうしたいという本音、言いかたが変わればエゴが交錯して、この物語がただのフィクションとして捉えられない自分がいました。
苦しくて、怒って、そして最後には少し前向きになれるような本です。
自分自身の気持ちを引き付けながら何かを残していく読書は途中痛く、苦しくなっても読んでよかったと思わせます。
『ブロードキャスト』を読んでから読むべきか?
『ブロードキャスト』を読んでいないと楽しめないかという質問には、
私は読んでいなくても楽しめると思います!
私自身、『ブロードキャスト』の読み返しなどはせず『ドキュメント』を読み、それぞれの人物をほとんどまっさらなところから感じました。
思い出すというよりも書かれていることで設定を頭の中で組み立てることができていたと思います。
『ブロードキャスト』好きな方にはその後の圭祐たちの物語をもちろん楽しめると思うし、『ドキュメント』から読み始めても設定は丁寧に綴られているので楽しみ、さらに読み終えた後で遡る形で『ブロードキャスト』を読んでも楽しめるものだと思います。
終わりに
それにしても前半は和気あいあいと進んでいくのに後半はやられました。
読み終えて前作の『ブロードキャスト』をぱらぱらめくったり、当時の感想を読むと、この『ドキュメント』で感じた気持ちとは全く違う気持ちでした。
『ブロードキャスト』は湊かなえさんの小説としては明るい気持ちで読み進め、その中にただの爽やかな青春小説で終わらない本音を感じて深いなぁと感じた記憶があります。
でも先述した通り、『ドキュメント』は終盤、気持ちが重くなりました。
本音はきれいごとではありません。
帯には「興奮と感動の高校部活小説」と書かれながら、一方で裏には「犯人はこの部室の中にいる。」、「正義、意地、嫉妬。真相を巡り、部員たちの本音が交錯していく。」と書かれていて、読む前はその文言が結びつかなくて謎でしたが、読み終えて納得でした。
湊かなえさんの小説は感情を抉っていくみたいな力がありますね!