第161回直木賞候補作の歴史長編!
「平将門の乱」という言葉に聞き覚えのある方は多いと思います。
平安中期、関東で起こった内乱です。
この物語は謀反人・平将門と仁和寺の梵唄僧・寛朝を中心にそれぞれの大切なこと・大切なものをひたすら求めた人間の生き様が描かれています。
恥ずかしながら私は平将門が新皇を名乗ったという記憶くらいで頭に残っていたのですがこの物語を読んで思ったのは、
なんて熱い物語だろう!
ということ。
現代にも馴染む気持ちで胸を打つ、大きな歴史物語を紹介します。
簡単なあらすじ・説明
至誠の声。
その場で風景が浮かぶような聞く者の心を震わせるような音楽を梵唄僧・寛朝は求めています。
己の音楽を究めようと幻の師を追い、寛朝は京から東国へと下ります。
そこで寛朝は荒ぶる地の化身のようなもののふと出会います。
「坂東のならず者」を誰よりも理解したのは、後の大僧正その人でした。
謀反人・平将門と、仁和寺の梵唄僧・寛朝。
人々の魂の咆哮が響き合う歴史長編です。
ここからネタバレ注意!
落花の感想(ネタバレ)
己の義を貫く平将門の生き様
平将門の乱、承平・天慶の乱と言う言葉は学校の授業で聞かれたことのある方も多いと思います。
中央政府の全国統制力の喪失を示すような事件で、ここから時代は武士の時代と流れていきます。
この後の源氏や平氏の台頭から鎌倉幕府の誕生に繋がっていきます。
正直、その後の源頼朝・義経らが活躍する時代の方が頭に残っていました。
でもこうやって物語として読むとテストの暗記項目の多さではないのでその時代に生きた人々の想いの強さというのはどの時代だって厚みが変わるはずがないのです。
私は平将門が新皇を名乗って、乱は失敗して、でも時代は流れていくようなイメージでしたがそこにこれほどのドラマがあったとは!
驚きで一杯でした。(勿論フィクションではあることは重々承知の上で、それでも)
平将門は物語の中で自分に救いを求めている人間を守ることを心情として曲げずに生きる男です。
今の時代でざっくりと言うならば誰よりも仲間を大事にする男なのです。
大事にするが故に利用され、望んでもいない新皇を名乗り、望んでもいない戦いに巻き込まれ、それでも戦い続けます。
悲劇とも言うべきなのかもしれない。
不器用な男の命を懸けた生き様がどれだけ美しいのか、それが伝わってきます。
至誠の声を求める寛朝の生き様
敦実親王の子であり、後に真言宗で初のなる大僧正となる寛朝の人間味が溢れています。
寛朝の望みは「至誠の声」を手に入れること。
爛漫の桜の下で聞いた是緒の朗詠「落花」に至誠の声を感じ、是緒に会いに京とはかけ離れた荒々しい板東へと出かけます。
彼が求めるのは至誠の声で歌う梵唄。寛朝は考えます。
もちろん、僧侶が歌う梵唄と俗歌である朗詠は、歌い方も詩句も何もかもが異なる。だがあの桜の下で、自分は確かに眼裏に異国の風景を想起した。ならばあの至誠の声で以て梵唄を詠じれば、その場に居合わせた者はきっと御仏の姿を感得しよう。そしてそれはまさに父の渥実ですら至り得ぬ、梵唄の高みではないか。
父子関係など寛朝の生い立ちからの想いの根っこ部分もところどころに書かれています。
是緒の声から至誠の声を感じ、戦の音から至誠の声を感じ、寛朝は至誠の声の答えを自分のものにすることはできませんが物語の中で確かな成長を掴んでいきます。
寛朝が至誠の声を求めていく過程は芸術的に思えました。
将門の人生に触れるなど寛朝の物語は浮き沈みが激しいですが、彼が真っすぐ至誠の声を追い求めていく姿はどこか前向きで寛朝が何かを掴んでいく姿を読むと読者として嬉しくなるような明るさを感じました。
千歳の狂気的生き様
物語は後に大僧正にもなった寛朝の「至誠の声」を求める姿と平将門の人生がクローズアップされがちですが、千歳を語らずしてこの物語は語れません。
特に私はあこやや如意のけなげで気持ちが全面に押し出ているような生き方が好きだったので最後の場面で千歳が二人を殺める姿は目を覆いました。
寛朝は自分と同じものを千歳に感じ、千歳の罪は自分の罪と考えますが、理解はできても全く同意できませんでした。
盲人に千歳という名が似合わぬのなら、得意の蝉声にちなみ、蝉丸とでも号すればいい。
如意によって盲目となった千歳が後に琵琶の名手とされた「蝉丸」となるような描かれ方をされていましたがそれが罪の償いなのだろうか、と疑問です。
読みと知識が浅いだけかもですが。。
楽人の道を断たれて初めて得られる、琵琶の上手の名声。それこそがこの千歳にふさわしい永劫の罰だ。
何を言っているんだ。
(読んだ時のただの個人的な想いです)
ただかなり主観がこもってしまうような想いを抱いてしまうのがこの千歳の生き方です。
でもとことん琵琶の名器である有明を求める姿は、確かに音の果てしなき追求という意味で寛朝と同様の想いです。
ただ寛朝と違って、千歳の生きる姿は狂気的に描かれていて、人の命を省みずひたすらに有明を求めていく姿は恐ろしいと同時に、だからこそ物語の面白みでした。
落花の感想・まとめ
語りつくせないほどの人々の想いが描かれている物語でした。
寛朝や千歳、平将門以外にも、傀儡女たちの姿や異羽丸、是緒の姿など、歴史物語には登場人物の想いがそれぞれ強烈に立っていてどの人物の想いに自分の気持ちを寄せてみても感じるものがあります。
落花の中、板東の大地で散った命を感じて至誠の声の答えのようなものを感じた寛朝の姿で締めくくられるラストは晴れ晴れとした気持ちを感じることができました。
第一第二の絃は、戦場に響くもののふの喊声、第三第四の絃は空を切り裂く弓矢のうなり。そうだ、いつか自分は歌うだろう。国にも法にも従わぬまま己の義を貫いた、あの益荒男の生き様を。それが自分がいずれ手にする至誠の声だ。
人々の生き様に魅せられる重厚な歴史物語でした。