梨木果歩さん、5年ぶりの傑作長編!
2008年に実写映画化された『西の魔女が死んだ』など心温まるストーリーで多くの人に長く愛されている著作を持つ梨木果歩さん。
また多くのエッセイも執筆されていて世界中を旅し、渡り鳥を追いかけ、カヤックに乗る活動的な一面も知られています。
今回、5年ぶりの長編ということで発売を知ってから読むのを楽しみにしてきた本の一冊です。
帯に書かれた「深淵でコミカル、重くて軽快」という文言通り、
今まで出会ったことのないような魅力が詰まっていました!
あらすじ
皮膚科学研究院の佐田山彦(本名は山幸彦)は三十肩と鬱で痛みに難儀しています。
また従妹の海子(本名は海幸比子)も階段から落ち、痛みに難儀しています。
祖母の夢枕に立った祖父から「稲荷に油揚げを……」という伝言を託され、山彦は鍼灸師のふたごの片われを伴い祖先の地である椿宿へ向かいます。
明治以来四世代にわたって佐田家が住まいとした屋敷にはかつて藩主の兄弟葛藤による惨劇もありました。
神話の海幸山幸物語には3人目の宙幸彦も加わって、事態は神話の真相へと深まっていきます。
2009年出版『植物園の巣穴』の姉妹編。
ここからネタバレ注意
椿宿の辺りにの感想(ネタバレあり)
読みやすくて先が気になりながらぐいぐいと読みながらも不可思議な世界が広がっていて、この物語をどう消化すればいいのか不思議な気持ちになりながら読み進めました。
(あらすじも不思議な物語感溢れていますよね)
読み終えてみれば胸にすとんと落ちる未来があって心地よさを感じて本を閉じることができました。
海幸彦と山幸彦、そして宙幸彦
『古事記』の神話・海幸山幸物語には海幸彦と山幸彦の兄弟葛藤が描かれています。
同質のものの確執、滞りがある関係は登場人物の山彦と海子にも当てはまります。
従妹でありながらも兄弟と見なされたような名付けをされなかなか気持ちの通じ合う間柄にはなれずにいました。
しかし神話とは違って「痛み」を共有し、解決に乗り出すことで協力していきます。
それは空幸彦の存在が図らずとも山彦と海子を繋いだからです。
それにしても神話を元にしているとしても現代でつける名前としてはインパクトあるネーミングですよね。
読みながら頭の中で「海幸比子」「山幸彦」「宙幸彦」と連呼しているだけで異世界の話に読んでいるようなふわふわ浮いているような気分になりました。
神話を元にして不思議でありながらも、謎が解けていくことに快感を覚える新しい感覚のミステリのようです。
祖父・藪彦の願いとラスト
かつて神主一家である佐田家を襲った神社消滅やかつて藩主一族の兄弟葛藤の末に起きた屋敷で自害するという「悲劇」の歴史があったという背景。
藪彦が直接登場することはないので真実を山彦たちが知ることはありません。
ただ実際に現在感じる痛みがあり、衝撃的な歴史もあります。
そして宙幸彦の話もあり、繋げて推測をしていくと未来のための名前であるように思えます。
珠子さんや竜子さんなど他の人物の名前もなんだか神話になぞられていて読み方としてはいくつか分かれるような気がして捉え方は迷いながら何度か読み返しながら進めました。
でも、最後にやりとりした山彦と宙彦の手紙からラストに繋がっていく場面で心地よさが訪れました。
山彦の珠子に惹かれていることに気づく記述とラストの再会するつもりだという心情や海子が医師とアメリカに行き「個人的にも良好な関係が築かれつつある」という記載はどれもはっきりとはしていませんが未来が拓けていくような雰囲気で嬉しいです。
そして宙彦の子どもも無事に生まれたという文章。
こうやって過去、現在、未来へと繋がっているものがあって生きているということは痛みも伴ってとても深くて重いけれども、なんだか描かれている世界は不思議でコミカル。
そういうバランスが面白くて描かれる世界の魅力が詰まった一冊でした。
f植物園の巣穴に入りての世界について
本作は2009年出版『植物園の巣穴』は姉妹編です。『植物園の巣穴』の主要人物・佐田豊彦は藪彦の父に当たります。
そして『植物園の巣穴』も歯の痛みがあり、また過去と現在が入り混じった世界で記憶を掘り起こしていく異界譚です。
『植物園の巣穴』を読まなくても本作品を楽しめます。
「f植物園の巣穴に入りて」という文章で豊彦の世界も登場しているので、本作品の空気感が気に入ったならばおすすめの作品です。
椿宿の辺りに感想まとめ
亀子さんの存在を始め、不思議な現象(後々いくつかは仕組まれたことだと分かったとしても)が起こったり、神話の話を元にして何かの象徴のような内容を読んでいるとだんだんと迷路に迷い込んだような気分になります。
それでも読み進めている内に繋がっていくものがあって先が気になります。
それに今まで生きた先人の想いが今とこれからに繋がっていくような展開は好きです。
宙幸彦はほとんど手紙のみの登場でしたが、彼の息子やこれからの自分のために動く姿は共感できるポイントでもありました。
さて宙幸彦は子どもに何て名付けたのでしょう。
どんどん未来に繋がっていくのでしょうね。
何度か読むとまた違った読み方ができるのだろうと思えた本でした。