一木けいさんの最新小説は高校生の友情と家庭問題に踏み込んだ物語です。
一木けいさんは2016年「西国疾走少女」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー作『1ミリの後悔もない、はずがない』が大きな話題となった作家さんです。
最新作『愛を知らない』も王様のブランチで特集が組まれるなど大きく注目され続けている作品です。
友情や家庭という言葉を聞くと温かかったり爽やかだったりするようなイメージが湧きますが、実際にはけしていい面ばかりではありません。
苦さもあり救いにもなるような心に刺さる一冊を紹介します。
簡単なあらすじ・説明
高校二年生の澄子はクラスメイトとほとんどかかわることなく日々をやり過ごしてきました。
支離滅裂な言動をとる変わり者と思われ、親しい友人もいませんがクラスメイトのヤマオからの推薦で、合唱コンクールのソロパートを任されることになります。
当初は反発したものの練習を進めるにつれて周囲とも次第に打ち解けていきます。
そしてある事件をきっかけに明らかになった澄子の秘密とは――。
ここからネタバレ注意!
愛を知らないの感想(ネタバレ)
高校生の友情物語という一面
まず一つ、物語には合唱コンクールに向けた高校生の友情物語という一面があります。
この物語は合唱コンクールの練習から本番までの日々がメインに描かれています。
クラスと関わることのなかった澄子がヤマオの意外な推薦でソロパートを受け持つことになります。
そこにはヤマオと澄子の過去の出来事があって、ヤマオには並々ならぬ想いでこの合唱コンクールを成功させたいという想いがあります。
澄子の遠い親戚でもある涼は幼いころからピアノを習っていてコンクールの伴奏を務めます。「アラレちゃん」のような大きな眼鏡が印象的な容姿の青木さんが指揮者でこの四人が中心に本番に向けて練習を積み重ねていくわけです。
澄子はなかなか練習にこなかったり、本文中の言葉を借りれば「支離滅裂」な態度があって簡単には事が進まないのですが、だんだんと心を通わせ、練習にも顔を出すようになります。
ヤマオは人望ある頼りになる男です。それでいて熱い想いを抱えていて彼が澄子の家庭状況を目の当たりにした時の感情の滲ませ方は本当に応援したくなるような気分にさせられます。行動力もあって、男から見ても魅力的な男です。
青木さんは自分の想いがはっきりしていて人一倍責任感が強そうな人柄。澄子の母親に澄子が一緒に練習していたことがばれてしまう場面は青木さんが悪いわけでもないのに自分を責めている姿には苦しくなりました。
涼は音楽に関する表現が豊かで、何にも染まっていないような気持ちで周りに感心することが多くて素直さが光っています。
こんな人たちが様々な苦難から一つにまとまって迎える合唱コンクール本番は一気に文章に引き込まれます。
やはりうまくいくか難しいものに向かっていって成功させた時の興奮は読んでいて同じように興奮します。
特に「涼」の「僕」という一人称で物語は進むのですが音楽表現が多彩で感性豊かな表現に魅せられます。
文章だから音楽が鳴っているわけではないのにヤマオの声と澄子の声に圧倒されました。
澄子の抱える秘密
合唱コンクールの物語というと爽やかな物語なのですが、呼んでいると全くそれが主題ではないことに気づきます。
澄子はなぜこんなにも芳子に全てを秘密にするのかがずっと引っかかっていました。
涼の回想では涼や涼の母親が苦しい時に支えてくれた恩人が芳子で前半を読む限り、好印象の塊のような印象を受けたからです。
だから涼とヤマオでクローゼットの中で澄子が受ける虐待現場を目撃した場面は物語一、衝撃的でした。
ずっと「愛着障害」で「支離滅裂」な言動や行動が目立つのが澄子と自分の頭の中で片付けていた人物像だったのですが、
「ごめんなさい」
を繰り返す澄子の姿が苦しく痛いものでした。
ヤマオが横で怒りに震えていてくれてまだよかったです。作中の人物が自分の気持ちを体現してくれていたから。
だから、前段で作品の一面として合唱コンクールの学生の友情を描いた物語だと書きましたが後半、涼の言葉で言うと「転調」でしょうか、がらりと雰囲気が変わってとても爽やかな物語と言えず、それでも目が離せない物語へと変貌していくのを感じました。
物語の「転調」、そしてラスト
家庭内の虐待と聞くと虐待する側が悪いというイメージを受けます。
それは勿論そうだと私も思います。
ただこの物語では芳子の背景が実は頭から「日記」という形で少しずつ描かれています。
深く意味を考えずに読み進めていましたがそれが芳子の日記だと自覚してからもう一度読み直しました。
日記部分で芳子の子どもを堕ろした過去や引き取った育児がうまくいかなかった気持ち、他の母親と比較してしまう苦悩が書かれています。
涼は思います。
あんなことまで言われても、澄子は芳子さんに優しくされたいと思っている。
澄子は、芳子さんへの期待をすてられない。
澄子の「ごめんなさい」は「あいしてほしい」だ。
芳子さんの「返すよ」も「あいしてほしい」だ。
僕には二人が同じことを叫び合っているように聞こえた。
それでも悪いことは悪いのですが、一言では言い合わらせないほどの背景があって起きてしまって噛み合うことのない現実のような物語の世界観が痛い。
支配するもの、支配されるもののそれぞれの想いの叫びが迫ってきます。
ラスト、澄子が合唱コンクールの舞台に立って歌ってくれてよかったです。その理由が嬉しかったです。
「今日、なにがあってもここで歌わなきゃって思ったのは」
澄子は、目を逸らさずに僕らをまっすぐ見つめていた。
「あんたたちがあたしを待ってるって信じられたから」
胸がつまって声が出ない。
この澄子の気持ちが救いでした。
そして最後の段で芳子が澄子への
「あの子に降り注ぐすべての矢を受け止める盾となって、守ってあげたい」
と願った日々を思い出したラストは読んでいて満面の笑みとは言えなくてもこれからの登場人物の日々が明るくなっていくことを感じられるような終わり方で前向きに本を閉じることができました。
愛を知らないの感想・まとめ
最後まで読むとタイトルの「愛を知らない」という言葉の意味がずしんと圧し掛かるような内容でした。
一木けいさんの小説だということで手に取って読み始めたのでどんな内容なのかほとんど知らず、途中物語の雰囲気ががらっと「転調」して驚きました。
でもどんどん心を抉るような物語の進みに忘れられないであろう一冊になりました。
今流れているニュースや、私に根付いている「普通」はただの一面にすぎず、色々な方向からの気持ちや出来事や歴史が絡まり合っているから、私も物事をただそのまま受け取って流されていく人にはならないようにしようと感じました。
どうしてもラスト付近の解釈が出来ないので
書かせていただきます
もう、1年前なのでなんとなくの答えでも
最後の合唱で橙子が知らない女性に声をかけます
誰だろう、小学校の先生?
最後、橙子は夜行バスに
意味は
最後の日記
遠くからそっと
うーん?
コメントありがとうございます。
解釈についてはなかなか難しいですよね。
私も答えは分からないのですが勝手に自分の胸の中に落としている答えはあります。
再読した時にはその答えが変わっているのかもしれないのですがそういう想像をかきたてられる部分も読書の楽しみなのかも!