小説

若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』【第158回芥川賞受賞作。平凡だけども切実で、喜びにも出会う玄冬小説の傑作!】

第158回芥川賞受賞作。

本作は2017年、第54回文藝賞を史上最年長63歳で受賞した作品です。

玄冬小説の傑作として話題になりました。

玄冬小説とは歳をとるのも悪くない、と思える小説のこと。

青春小説の対極ですね。

青春小説は読者にとって今経験している気持ちであったり、過去に経験したような気持ちが散りばめられているからすぐに感情移入ができます。

でも玄冬小説となると感情移入の対象年齢の幅が狭まるようなイメージがあります。

でもこの作品を読んでそれは間違いだということに気づきました。

私達は歳を重ねることによって劇的に変わるわけではありません。

むしろどんどん自分らしくなっていく集大成の自分自身がこの小説で描かれています。

それはこの本を読んで初めて感じた新しい本の魅力でした。

あらすじ

桃子さんは70歳を超えて新興住宅地にひとり住む女性です。

頭の中にはたくさんの桃子さんがいて起きた出来事に意味をつけたり、家族について、死について、老いについて賑やかな声で満ちています。

亡き夫を思い浮かべて寂しくなることもあれば、1人で生きたい気持ちも少しはあったことに気づくこともあります。反面、誰かとの会話を求めている桃子さんもいます。

平凡だけども切実で、時々自分でも笑ってしまうような切り口で頭の中で喋りまくる。そして喜びにも出会う桃子さんの話です。

裏表紙に書かれた文言が魅力的だったので引用します。

結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。

「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」

40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。捨てた故郷、疎遠な息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いた、圧倒的自由と賑やかな孤独とは――

新たな老いを生きるための感動作です。

この先ネタバレ注意。

おらおらでひとりいぐもの感想(ネタバレあり)

はじめ、頭の中の言葉がこてこての東北弁でそれに慣れなくて読みづらく感じました。でも段々と慣れてきて頭の中で音読するように読むと迫力があって味があって可笑しくなってきて本にのめり込んでいきました。

桃子さんには当然今まで生きてきた分の歴史があります。

子どもと疎遠になったり夫を亡くしたりおれおれ詐欺に引っかかったり様々。

それは平凡なエピソードのようにも思えるけどそこから深く深く考えて意味付けして生きている桃子さんの姿が特別で、言葉の全てが名言のように深く染み入りました。

ラストも私にとって、とてもよくて胸が一杯になりました。

桃子さん内からの大合唱は魂の声です。

それは強い生きるという想いで、まだまだ何も分かっていない私でさえもその想いの強さに圧倒されました。

どこさ行っても悲しみも喜びも怒りも絶望もなにもかにもついでまわった、んだべ

それでも、また次の一歩を踏み出した

ああ鳥肌が立つ。ため息が出る

すごい、すごい、おめはんだちはすごい。おらどはすごい

生ぎで死んで生ぎで死んで生ぎで死んで生ぎで死んで生ぎで死んで生ぎで

気の遠ぐなるような長い時間を

つないでつないでつないでつないでつないでつないでつなぎにつないで

今、おらがいる

そうまでしてつながっただいじな命だ、奇跡のような命だ

おらはちゃんとに生きだべが

詩のような文章には力が込められていて歴史を積み重ねた人間の全てを感じました。

たくさんの自分の大合唱というのは散々色々なことを経験してきた自分の歴史なのでしょう。

その上で人と繋がりたい想いで泣き出してしまうような桃子さんもやっぱり桃子さんなわけで。

答えがあって答えと矛盾した気持ちがあって自由があって孤独があって全部ひっくるめて。

これは歳をとったからという気持ちではありませんよね。青春小説だって、今の私だって答えを見つけては矛盾した感情に気づいてという繰り返しです。

最後、孫が現れて春の日差しがまばゆくなるような終わり方でよかった。

孤独を楽しんで、そして悲しみもするとても人間らしい胸が締め付けられるような話でした。

終わりに

これからも若竹千佐子さんは書き続けるのでしょうか。

それが気になります。

55歳から小説講座に通い始め8年の時を経て至った今作の次を期待してしまいます。

私は営業で宮城県に4年、岩手県に1年住んだことがあります。

車でまわる個人営業が主とした仕事で岩手の大船渡や陸前高田のおじいちゃんおばあちゃんは優しかったな。この小説みたいな話し方をする人もいました。

この作者の出身地岩手県遠野市は河童が有名です。あと現地の人からなぜかジンギスカンが美味しいと教えてもらった記憶が。

仕事でまわっていたので河童の観光もジンギスカンも楽しめておりませんが。

震災があって職場が関東になりましたけど、東北の優しくしてくれた皆さまは元気なのでしょうか。

分からないけれど、こういう生々しい想いが詰まった小説を読むと自分の中にも騒ぐ気持ちがあります。

まいったなぁ。でもおすすめと言える面白くて力強い読書でした。

ぜひぜひ東北弁の特徴的な文章のリズムを頭の中で浮かべて感じ入って欲しいと思う一冊です。

ABOUT ME
いちくらとけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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