あさのあつこさんが描く心震える青春グラフィティ!
あさのあつこさんは『バッテリー』、『ランナー』など瑞々しい物語を多数発表されています。
今回はなんとライフル射撃部の小説ということで、新しい世界を覗いてみたい気持ちがむくむく湧いて手に取りました。
力一杯、今と未来を打ち抜くようなアスリートの物語を紹介します。
簡単なあらすじ・説明
結城沙耶は中学2年で出場した全日本中学陸上県大会100メートルハードル女子決勝で転倒し、失意のうちに陸上部を退部します。
親友の松前花奈に誘われ、広島の進学校・大明学園高校へ進学し、射撃部に入部します。
未知の競技に戸惑いながらも花奈とともに励む毎日だったが――。
少女たちの喜怒哀楽が渦巻く心震える青春物語です。
ここからネタバレ注意!
アスリーツの感想(ネタバレ)
ライフル射撃の世界
来年の東京オリンピックに向けて注目度の上がっているライフル射撃の世界。
物語の中で競技の臨場感を感じながら知ることができます。
5キロのライフルを抱えて10メートル先の的へ制限時間を一杯に使って決められた射数をこなすわけです。
一番高得点となる10点台の的が
直径1㎜!
技術力、集中力が極限まで試される競技だということが分かりました。
五輪でトップレベルの競技をぜひ見てみたいと感じました。
沙耶とライフル射撃との出会い
中学時代のハードル競技。転倒してしまい、退部することになります。
見抜かれていたんだ。
ほっとした。安堵の情を確かに感じた。
ハードルごと地面に転がったとき、あたしは思った。
これでもう、走らずに済む、と。
負けた言い訳ができる、と。
とことんハードルと付き合うことができず、ハードルが大好きだとも言うこともできないことを監督には見抜かれていたのでした。
その中でトップレベルまで努力し続けたのは沙耶のとびぬけた才能があったのだと思います。中学生の女子100メートルハードルで13秒台を目指す位置にいるということはそれはとてつもなくすごいことですから。
だからこそのプレッシャーがある中で走り続けて見えないプレッシャーに囚われてきた沙耶の苦悩は辞めても続きます。
辞められたことに心底ほっとしたのに、ほっとしたことが悔しくて情けなくて意気消沈してしまう気持ちは分かります。
中学生でなくても、部活もそうですし社会人になってからの仕事も自分に合っていなくて方向転換するときにそれが正しかったのだとしても、自分自身が逃げたのではないか責める自分がいる時があります。
自分を責めるなら新しくできて自分で選んだ環境にその分頑張り切ることがだけだと思っても単純なことではありません。
だから親友の花奈に誘われて沙耶が自分で合っていると思えて熱中できる射撃に出会うことができてよかったのだと思います。
花奈の思いやりから始まり、最後にオリンピック出場決定し将来インタビューされている未来の姿も少し描かれていますが、親友への感謝を述べている言葉は印象的でした。
才能と人間関係
高校卒業して射撃部に入り、出だしこそ花奈が射撃部でうまくいっている様子があります。
ただ練習試合であっという間に沙那の才能が開きます。
人数の少ない部活の中で新人が自分達を追い抜き活躍する姿を目の当たりにしたらどんな気持ちになるでしょうか。
少女たちの見えない喜怒哀楽が渦巻き、嫌がらせも始まります。
入部してわずか半年も経たない間に恐ろしいほどの急変化です。
恐ろしい。それが正直な感想です。
こういう人間関係の変化は実際にあるものだと思って読み進めましたがつらいものがあります。
出る杭は打たれるという一面と、アスリートとしての厳しい一面がぐちゃぐちゃになって沙那に降りかかっていきます。
恐ろしく感じながらもそれでも自身と向き合って競技と向き合い自分自身で選択し切り拓いていくということが沙那が最終的にオリンピック選手にまで成長した要因となるのかもしれません。
勝負の世界というか、真剣の場で出てくる感情は自分勝手でなりふり構っていられないものもあるのだと思います。それは学生であったとしても。
真剣に打ち込む場と学生生活の和気あいあいというのは本当は相容れづらいものだと思います。
そういう単純に爽やかという高校部活だけではなくて、高校生活のどろどろした人間関係も含まれている密度の濃い小説でした。
アスリーツの感想・まとめ
予想外の方向へと物語が流れていくので驚きました。
240ページほどの小説ですが終盤に差し掛かってもどろどろしていて、つい残りのページ数を考えてしまって
これどうなってしまうのだろう
と不安混じりのどきどきで一杯でした。
でも中学時代に挫折を味わった生徒が高校生活の新しく挑戦して乗り越えてすっきり終わるというのを想像していた私自身が短絡的でした。
飛びぬけて優れた才能と周囲の目線の変化や人間関係が捻じれていく様子は実際にあると思います。
読みやすい文章の中にぎゅうぎゅうに詰まった濃密な時間が綴られているので短い時間で大きく気持ちの変化が味わえる小説でした。