第162回直木賞候補作!
第61回江戸川乱歩賞受賞作家、呉勝浩さんの衝撃的ミステリです。
無差別射殺事件の中で「本当に起こったこととはなんだったのか」に近づく物語です。
本の中で「自分だったらどうしているのだろうか」と考えた瞬間、恐怖と興奮と祈りの混じった自分の気持ちの中の奥の奥の奥がぶるぶる震えました。
何言ってんだ、と思われるかもしれませんが、そんな風に語ってみたくなるような圧倒的な力を持った作品です。
簡単な内容紹介、あらすじ
首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件が起きます。
死者二十一名、重軽傷者十七名を出した前代未聞の悲劇の渦中で、犯人と接しながら、高校生のいずみは事件を生き延びます。。
しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し、大けがをして入院中の同級生・小梢の告発によって乱されます。
次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと。そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が、週刊誌に暴露されるのです。
被害者から一転、非難の的となったいずみ。
そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届きます。
集まったのは、事件に巻き込まれ、生き残った五人の関係者。目的は事件の中の一つの「死」の真相を明らかにすること。
彼らが抱える秘密とは? そして隠された真実とは。
ここから少しネタバレ注意!(事件の真相には触れません)
スワンの感想・レビュー(少しネタバレあり)
無差別射殺事件が世に問うこと
物語中で起こされる無差別射殺事件。
犯人たちはガス、ヴァン、サントという三人組です。
会話の中で出てくる『エレファント』。これはガス・ヴァン・サント監督の映画『エレファント』。
『エレファント』(Elephant)は、ガス・ヴァン・サント監督、ジョン・ロビンソン主演、2003年制作のアメリカ映画である。2003年の第56回カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルム・ドールと監督賞を同時受賞した(「バートン・フィンク」以来、史上二度目)。R-15指定作品。上映時間81分。 (ウィキペディアより)
三人組が起こす事件の元としてイメージされている映画で、『エレファント』自身、1999年4月20日にコロラド州で起きた、世界を震撼させた惨劇・コロンバイン高校銃乱射事件をテーマとされた作品です。
ヴァンこと丹羽佑月は「自分の楽しみのためにたくさん人を殺した」と言います。
理不尽で凶悪な事件。
ただし、犯人の自死によって締めくくられたこの事件が残した想いは残酷で行き場のない世間の怒りはさらに理不尽に彷徨います。
真実なんて無視して、世間によって張られたレッテルによって投げられる石のような言葉は、きっと今私たちの間で日々流れるニュースとそれを受ける私たちに近しいです。
明かされていく真実と面白さ
事件がどうだったというネタバレはしません。
ただ明かされていく真実に最後の最後まで目が離せません。
本当の真実は何なのかという面白さは勿論あるのですが、真実とは別にそれぞれの登場人物の気持ちが変化していく瞬間があって、この小説内の人々の想いはそれぞれ本当生きているなぁと感じることばかりでした。
真実を明かしたある人物がなぜこのタイミングで明かしたのかを考えながら読んで、許せない心のラインがそれぞれ違うことを感じて気持ちの深みにくらくらしてしまう面白さがあります。
これは私自身、映画の『エレファント』を観た時にも考えたことなのですが、たとえば無差別銃撃事件に巻き込まれた時に、自分自身はどういう行動をとるのかを考えます。
登場人物が取り乱す姿も、自分のことばかりになってしまう姿も全部、分かってしまって責めることなんてできないです。
目の前に並ぶ人がいて、自分が犯人に銃を向けられた状態で、
「さあ、次は誰にする?」
と言われたらなんて答えるでしょうか。
スワンの感想まとめ
たくさんの人々が登場しますが、いずみと小梢がいかに前を進んでいくのかというところに感動しました。
けして明るいわけではありません。
被害者でありながら自分の行動を責めてしまうような事件です。それでもいずみが書き換えて小梢に伝えた事件の筋書きには優しさがあって、私は嬉しかったです。
二人はただ仲がいいと言う言葉で片付けられる関係ではないですし、逆に「大嫌い」同士の関係とも言えます。
ですがそれでも二人だけが分かり合えるものがあります。
事件についてもバレエについても。
いつか二人が悲劇を打ち負かしたストーリー『白鳥の湖』を踊る姿を想像するとそれはきっと素晴らしいものだろうと想像して前向きに本を閉じることができました。
終わりに
本を読まずに事件のネタバレに触れてしまうともったいない気がして伏せて感想を書きました。
「死」に直面した場面に感情移入すると怖いですね。
とった行動は被害者であるにも関わらず、隠したくなる真相も当然あるものだと思います。事件後の周りの風潮で自分が「正しかったのかどうか」で測ってしまうところが怖い。
そこまで突き詰めて迫ってくる小説に出会えて読み終わって読書の喜びを感じました。
今年もいい読書ができる年になりそうです。