日本経済新聞で連載され大きな反響を呼んだ迫真の長編小説。
実際にあった事件をモチーフにしたフィクションです。
帯にも書いてありましたがフィクションだからこその事件の裏側の現実が虐げられた者たちの心情の深いところに入って描かれています。
衝撃で苦しい、でもこれは読まなくてはならなかったと思わせる力を持った小説です。
簡単なあらすじ・説明
大阪二児置き去り死事件をモチーフにしたフィクションです。
灼熱の夏、23歳の母・蓮音は、 なぜ幼な子二人をマンションに置き去りにしたのか。
真に罪深いのは誰なのか。
母の蓮音、蓮音の母の琴音、子ども達の3つの場面で綴られている長編小説。
ここからネタバレ注意!
つみびとの感想(ネタバレ)
母・琴音
DVの父親と性的虐待の継父が琴音の性格に大きく影響を与えています。
逃げることはいけないことなのだろうか。
最後まで読んで私はそれを考え続けました。
夫となった隆史と出会い、そして彼の凝り固まった男女感・夫婦感に追い詰められていきます。
終盤で勝と信次郎との関わりから娘と向き合う決意を決めた流れを見ていると事件の根本的なところは琴音の幼いころに大きな影響を及ぼした二人の父の存在がほとんど全てではなかったのかと思えます。
親から逃げることと子から逃げることは違うものだということを痛感します。
血のせいではない。だけど育った環境の影響は何らかの形で下の世代にも影響を与えることは確かです。
事件が痛ましすぎて、琴音が前を向くことで「よかった」なんて感じることはできないのだけど、その一歩一歩の積み重ねがこれから出会う人への影響にも連なっていくはずです。
琴音は女性で、物語を読んでいると琴音の弱い部分がよく見えるように感じますが、実は登場する男達の弱さを私は自分が男だからかよく感じました。
自分の弱さを隠したり、他者にぶつけようという方法が登場する男達は雑で単純です。
それが怖かった。
小さき者たち
母の愛情を求める子ども達が終始描かれています。
母の気を惹こうとする桃太の姿は最後まで素直で真っすぐに感じました。
読んでいて辛かったです。
どんなことを言ったら喜ぶかなとか、どんな風な自分でいればこっちを向いてくれるかなとか、何を言ったり教えたりして育つというよりも見えている親の姿が伝わって育っていくのですね。
その終着点としては辛過ぎる結末です。
蓮音に対する嫌悪感が大きい。だけど他の章を読んで世間のように蓮音、琴音だけに嫌悪の矛先を向けるのも違うような気もする。
桃太は、遠くなって行く意識の中で、母の声を聞いたように思います。いつものように寝る前に絵本を読んでくれる母の声。桃太の名前は、桃から生まれた桃太郎から取ったんだよ、格好いいべ? うん、ママ、ありがとう。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
桃太は、心地良く水に揺られて流れて行くようです。流れ、流れて、行き着く先は、萌音の眠る冷たく澄んだ蓮の池でしょうか。あのモネさんの描いた美しい池。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
どんぶらこっこ、どんぶ……
救いがない。
蓮音と桃太で何度も繰り返した「幸せ」の声。ハッピーエンドは訪れることのない結末でした。
でも、どうにもならない悲しい結末だからこそ、本を読んで心に残るものはあります。
娘・蓮音
言霊というか、蓮音に呪いのように絡みつく言葉があります。
一つは父の言う「がんばる」という言葉。
父の言う「がんばる」は、魔法の言葉だった。その威力は絶大で、彼がひと言「がんばれ」と声をかけただけで、蓮音は、駆けっこのスタートラインに立たされたような気持になった。そして、全速力以外は許されないんだ、と体に緊張が走る。
母がいなくなり、一人で兄弟の面倒を見る蓮音はひたすら全速力で頑張り続けます。
大人になると同じように頑張れなくなっている自分に気づきます。そして自分を責めて追い詰められていきます。
合わせて母・琴音の言う「私みたいに逃げては駄目」という言葉もあります。
彼女の壊れていく様と同時並行で進んでいく〈小さき者たち〉の場面の根拠になって、さらに考えていくと琴音の背景にまで遡っていき、読んでいて気持ちの行き場がなくなります。
もう一つ、蓮音は「幸せ」という言葉に縋ります。言葉を発することでその響きが意味事身体に沁み込んでいくような想いになっています。
音吉との幸せな日々に始まり、ブログで幸せな自分を演じて酔いしれていきます。
蓮音は幼い頃の経験もあって、望む幸せな生活は周りの人(音吉や義母も含めて)との関わりもうまくいかず追い詰められていきます。
最後に琴音に求めた「幸せ」と口に出して言ってみてという言葉。
本当に罪深いのは誰なのでしょうか。
つみびとの感想まとめ
胸が苦しくなるような出来事と心情が積み重なっていきます。
蓮音、琴音、その家族たち。現実にある生身の声の狭間で壊れていく大人の姿が痛ましくて読んでいる最中、重く沈んでいく気持ちになりました。
子ども達の章は涙なしには読めません。母を求める子ども達の声が辛くて終わりに向けて、その事実へたどり着くことが嫌で嫌で仕方なかったです。
クローズアップされるのは蓮音の罪ですが、周りにいる人々はけして無関係ではないということです。
私たちが他者と関わって生きなくてはならない以上、自身の周りは無関係だと鈍感に生きるわけにもいかないことを感じました。
面白かったとはけして言えないけどのめり込むようにして読んでくっきりとこの本の存在が胸に刻み込まれました。
私にとって大切な読書になりました。