今まで出会ったことのないようなともだち作りの物語。
『むらさきのスカートの女』、このタイトルの異様な存在感は何でしょうか。
著者の今村夏子さんはデビュー作『こちらあみ子』で三島賞受賞、第二作『あひる』で芥川賞候補、河合隼雄物語賞受賞、第三作『星の子』でも芥川賞候補、野間文芸新人賞受賞と各作品で評価を受けている作家さんです。
その描かれる唯一無二の視点からの世界観で熱狂的な読者が増え続けています。
本作も読んでみると独特の雰囲気が漂っています。
でも一つ先に伝えておきたいのは読みやすい作品です。狂気のような深みのある人間の感情も流れていますが重みのある余韻で終わるような話ではありません。
不気味さも面白く読めるような作品なのです。
そんな新しさも感じるような今村夏子さんの最新作を紹介します。
あらすじ
近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことを〈わたし〉は気になって仕方がありません。
「むらさきのスカートの女」の行動、言葉を異常ともいえる執着で観察しています。
〈わたし〉は彼女とともだちになるために〈わたし〉の職場で彼女が働き出すように誘導します。そしてまたその行動を観察し続けるのです。
狂気と紙一重の滑稽さを孕んだ中編小説です。
ここからネタバレ注意
むらさきのスカートの女の感想(ネタバレあり)
むらさきのスカートの女の魅力
うちの近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ。
特徴的な服装で公園の決まったベンチに座り、地域の子供達からからかいに近いような遊びの標的になっている女性です。
〈わたし〉が言うところの地域の誰もが知っている有名人です。
始め、かなり特徴的で不気味な女性のイメージを持って読んでいました。
でも読み進めていると不気味さを感じるほどの人間ではないように思えてきます。
むしろ共感すらあって愛着を覚えるほどです。
外見に頓着がなくて生活に困らない程度に仕事をつないでいて、自分に自信がない女性。
出逢った掃除の仕事でうまくいき承認欲求が満たされて垢ぬけるように変貌します。
所長との不倫や仕事が慣れるにしたがって出てくる綻びも狂気と感じるまででもないでしょう。
だから彼女がストーリーの流れの中で自信なさげにしていたり、時には怒ったり、時には明るくなったりする変化はさして変わったことではありません。
どちらかといえば、保身のことばかりで全てをむらさきのスカートの女のせいにした所長や尾ひれをつけて悪い噂を膨らましていく職場の人間の方がずっと狂気を感じて恐ろしくもありました。
子供達と仲を深めて「ぼくにも掃除の仕事できるかな」と尋ねた場面、
「できるよ」
「あたしにも?」
「できるよ。慣れるまでが大変だけど、コツさえ掴めば誰でもできるよ」
「難しくないの?」
「難しいと思うこともあるかもしれないけど、コツさえ掴んだら、誰でもできるの。心配しなくても大丈夫だよ。もしうちのホテルに来たら、わたしがトレーニングしてあげるから」
優しい会話です。
私はこの本を読んでまず一つ、周りの狂気に飲み込まれていくむらさきのスカートの女の物語を感じました。
黄色いカーディガンの女の狂気
黄色いカーディガンの女は〈わたし〉です。
むらさきのスカートの女を見て気になって友達になりたい〈わたし〉です。
自分のことを何度も黄色いカーディガンの女と呼んでなんだかむらさきのスカートの女という存在に憧れているみたいです。
むらさきのスカートの女には読み進めていく内に共感に近い好意のような感情を感じました。
しかしこの〈わたし〉にはまさに狂気を感じました。むらさきのスカートの女に対する執着が非常に大きいのです。
自然に自己紹介ができる関係になるために自分の職場へ誘導するなんて真似、どうやって思いついて実行できるのでしょうか。
ぶっとんでる!
それが私の感想でした。でも面白い!
〈わたし〉のストーカーとも思える執着、それはことごとく空ぶってしまいますが〈わたし〉の行動が面白くて次へ次へと読まさせられました。
黄色いカーディガンの女、つまり〈わたし〉が望むものとは何だったのでしょうか?
結局のところ、〈わたし〉は紫のスカートの女と友達になることは叶いませんでした。
ただラストでは、
わたしは買い物袋を脇に置き、なかからクリームパンの入った袋を取り出した。パンはほんのりと温かい。初めに半分に割って、片割れを膝の上に置き、もう片割れを口に運ぼうとした、まさにその時、ポン! と肩を叩かれた。
絶妙なタイミングでわたしの肩を叩いた子供が、キャッキャッと笑いながら逃げて行った。
と、まさに始めに描かれたむらさきのスカートの女のようです。
憧れていたむらさきのスカートの女のような存在になれたのではないでしょうか。
それは狂気と紙一重の滑稽さであり、最後に子供に肩を叩かれた時の〈わたし〉の表情を想像すると余韻が広がるような心地で面白かったです。
むらさきのスカートの女の感想・まとめ
登場人物の気持ちの流れは上記した通りに面白いです。
他にもバザーにホテルのものが売られているというくだりや〈わたし〉が職場内で少し浮いている存在であることなど背景が明らかになっていく内に断言はされていませんが色んな謎が解けていく面白さもあります。
さらにお金に苦しんでいる〈わたし〉や不倫に苦しんで無言電話をかけるむらさきのスカートの女の姿、敵を共有して盛り上がる同僚など生々しい空気と狂気が漂っていて、なかなか出会えない小説の雰囲気に浸ることができました。
しかも意外に終わりはすっきりしている感じで「?」が並ぶこともなく面白く読書できました。
むらさきのスカートの女は勿論、〈わたし〉も職場の人間も皆、個性があって気持ちの流れにはらはらしながらもついつい次へ次へ読んでしまいます。
これから読まれる方はぜひむらさきのスカートの女の魅力と取り巻く狂気を楽しんでください。
読後、感じた個人的〇〇
過去の著作には芥川賞候補になった作品が並んでいます。
芥川賞候補作になる作品は余韻が深い「感じる」小説が多いように思えます。
だからこの『むらさきのスカートの女』を読む前には意味の掴みづらい場面が出てきてもよく想像すれば味わえるから見逃さないようにしようという気持ちで読み始めました。
完全なる先入観です。
でも実際には立ち止まる場面もなく、しかも心情の深みを感じつつ楽しく読めました。
学校の教科書にこういう小説があったら心情を推測する授業で色んな意見が出て面白いかもしれません。しかも先が気になって生徒が初めて買う小説になるかも。
確かに帯に書かれていた「いま、もっとも注目を集める小説家」という文面通り魅力的な一冊でした。
第161回直木賞受賞作はこちら。
思ったよりスッキリ読みやすい小説でした。不思議な魅力でひきこまれました。
コメントありがとうございます!私も思ったよりずっと読みやすかったと読後感じました。不思議な魅力ありますよね。癖になりそうです(笑)
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