第164回直木賞受賞作!
舞台は江戸の片隅。どぶ川沿いに懸命に生きる人々のささやかな喜びと哀しみが胸に沁みる感動の連作短編集です。
江戸が舞台ですが難しい時代背景や言葉が並んでいる小説ではありません。
テレビで観たことがある「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」など時代劇のような雰囲気というのでしょうか。
読んでいて不思議とその空気感は私自身によく馴染みました。
でもそれだけではありません。
この小説は最後まで読むと慣れ親しみの雰囲気からさらに深くしみじみとした感動が訪れます。
そんな今年話題の作品を紹介します。
あらすじ
江戸、千駄木町の一角は心町と呼ばれ、そこには「心淋し川(うらさびしがわ)」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れていました。
川のどん詰まりには古びた長屋が建ち並び、そこに暮らす人々もまた、人生に行き詰まり、もがく生活です。
懸命に生きる人々の生きる喜びと生きる哀しみが織りなす、全6話の連作小説です。
『心淋し川』の感想
作品に流れる雰囲気と余韻
時代小説ですがとても読みやすく風景が想像できます。
江戸に生きる人々の暮らしはじめっとした事柄もどこか登場人物はさっぱり受け止めていてリズム良く読み終えることができました。
今の時代にも想像出来る物事が、そのさっぱりとした懸命さで心地よくて、それでいて1話1話読み終えて少し時間を起きたくなるようないい余韻があります。
特に「明けぬ里」は短い話なのに心に沁みました。色んな気持ちが流れていて感じては立ち止まりながら読みました。
帯にもあるのですが「ごみばこみてえな町ですがね 生き直すには、わるくねえ土地でさ」とは深く響く言葉だと思いました。
この言葉の雰囲気が物語全体に流れていてハマってしまいます。
最後に分かる作品を象徴する謎
一つ一つの話がシンプルな物語なのですが、全話読み終えるとまた繋がって連作ならではの楽しみもあります。
『心淋し川』には様々な生き直す人々が描かれています。
それぞれがしみじみ沁みる素敵な話なのですが最後まで読むとその全ての物語を読み返してしまいたくなる新しい要素があります。
楡爺と茂十の真実は衝撃的でした。
「そりゃあないぜ、楡爺……これじゃあ、肩透かしじゃないか」
骨と肝斑の浮いた手を握りしめ、茂十はさめざめと泣いた。
たとえ憎しみであっても、他とは比べられぬほどの深い縁だった。いざ失ってみると、胸の中から大事なものが抜かれたような気さえする。
息子を、妻を、亡くしたときと同じ。その思いは、寂寥だった。
人生一つを決めてしまうような深い縁をめぐる物語だったのです。
考えれば考えるほどたくさんの人が集まる街の中で、人の数と同じドラマがあって、そこには深い哀しみが流れています。
この小説の舞台にはたくさんの人との深い縁が見えています。
それは正直羨ましいと思うこともあれば、煩わしくなくてよかったという気持ちもあります。
人との縁が濃く育まれるから昔が素晴らしく、今はどちらかというと希薄な感じがしてよくないということを言いたいわけではありません。
ただ、身の回りの人との縁に、面倒さを感じても、人生の太い軸となるような影響を与えあっていることを私はこの作品を読んで感じました。
今は人と会いづらい世の中になっていますが、内にこもり気味な自分自身が人との繋がりや縁を改めて考えさせてくれる良き読書体験ができました。
終わりに
今の時代の特徴として人との別れがほとんどないことが上げられると思います。
死別以外、人との縁が完全に途切れることがないです。
だから引っ越しとか転職とかしたとしてもSNSで急に繋がることもままあります。
でもこの小説の舞台では同じ街にいることがとても大きなことで、離れて暮らすことは一生会わないくらいの大きな変化です。
人との繋がりも直接対面してのコミュニケーションがほぼ全て。
だから面倒なことも起こるし、口コミでうざったい噂もたったりします。
そんな舞台での物語だから、現代が舞台の小説よりも感情が分かりやすく、その喜びや哀しみに私自身没頭しました。
江戸の雰囲気と共にゆったり読書を楽しる作品です。
新茶の季節、お茶でも飲みながら楽しむのはいかがでしょうか。