又吉直樹さん、渾身の長編小説です。
又吉さんの作品としては芥川賞を受賞された『火花』や前作『劇場』を思い浮かべる方も多いと思いますが、せきしろさんとの共著の自由律俳句集『カキフライが無いなら来なかった』など又吉さんの文章が面白くて昔からファンだという方も多いと思います。
今作『人間』は毎日新聞で長期連載されていた作品です。
私がよく行く書店では三列の平積みで展開されていて話題の大きさを実感しました。
表紙のふくわらいみたいな顔と手書きの「人間」の文字(狙いは相田みつをさん的なところ?)がずらっと並んでいるのは圧巻で、少し笑ってしまいました。
内容はどっぷり「人間」を感じられる濃厚な作品です。
簡単なあらすじ・説明
38歳の誕生日に届いたある騒動の報せ。
何者かになろうとあがいた季節の果てで、かつての若者たちに待ち受けていたものとは?
毎日新聞連載時から大きな反響を呼んだ著者渾身の長編小説です。
変な話だが、自分が小説を書くことになるなんて想像もしていなかった子供の頃から、この物語の断片を無意識のうちに拾い集めていたような気がする。――又吉直樹
ここからネタバレ注意!
人間の感想(ネタバレ)
20代前半と38歳の永山
永山の20代前半の姿と38歳の姿が描かれています。
20代前半に思い描いたこれからの姿と38歳での振り返りやこれからについての考えの変化していく部分に感じるものがありました。
同じ人間なので20代前半でのどろどろとした経験への想いが変わることはなく、むしろ引きずっています。だけど38歳の永山が影山とバーで話している姿を読んでいると自己覚知というのでしょうか、少し自分自身のことを分かっている38歳がいます。
「記憶も叙述も一秒が一秒ではない。一秒のことを一秒では想像できない。一秒は一秒より遥かに大きい。その一秒を再現しようとしたら、莫大な労力が掛かる」
「現実ではありえへんほどの費用も」
「そんな一秒をこの瞬間も一秒で過ごしているということが、最も身近にある奇跡」
「確かに。あと、夜空を眺めたときに、ほかの星と比べて月だけ異常に大きいのに、みんな見すぎて慣れているという奇跡もな」
「そうやねん。うわ、そうやわ。嬉しい」
酔っ払っている人同士の会話ですが、影山と永山は感覚が似ていて、お互いの想いや考えを深めていくような会話は読んでいて嬉しくなりました。
二人の会話は適度に突っ込みみたいなものがあって、お笑いコンビみたいです。(お笑いコンビの普段の会話は知りませんが)
きっと永山の20代の経験は私にとっても読んでいて辛かったです。そこには永山が孤独になっていくようなところを感じての辛さもありました。
だから影山が認めているということと、感覚を共有していくような会話は(酔っ払いの会話なのでぐだぐだ感もある空気感も)好きな場面です。
描かれる様々な人間
ナカノやメグミ、カスミ、永山の親など様々な人間が登場しています。
それぞれ自身の人生の一端を見せて離れて行くような描き方です。ただ人間臭さをそれぞれ感じられます。
私は永山の親と過ごす終盤の場面が一番印象に残りました。
38歳になっての親との会話というのは変わらぬ親と子という関係に一人の人間としての付き合いができている部分が加わって同じ感覚での笑い話や思い出話ができます。
私自身が37歳ということもあって個人的にかなり自分と重ねて読んでいたと思います。
父や母の語る思い出話と自分の記憶との違いに気づいたり、見方が変わると思い出がまるで違う印象になります。それはその時の父や母の年齢に近づいたからこそわかる感覚なのではないでしょうか。
きっとそれは親という存在も人間としての一人になって見えてくるからだと思います。単に親と肩を並べると言う意味ではなくて、親への感謝とか、偉大さに気づくことにもなるという意味です。
永山が38歳になって親の行動を見て「自身が狭量であることの苦笑い」を浮かべる場面など、色んな感情を浮かべる姿は素直になった20代前半の頃には見られなかった素直な永山の気持ちに触れられたようでうれしかったです。
これから自分はなにを信じていくのだろう。
機内アナウンスが流れる。夜の東京は眼下にひろがる。明滅する街の光が細胞のように見えた。その灯の一つ一つに人間がいる。
劇的な20代前半と38歳の自分は違います。ただこれから先の新たな目標や夢に向かっていく先には新たな人間たちがいて人生が綴られていく。
特別さは生きれば生きるほど薄れていくのかもしれませんが、価値は変わらず新しい魅力もあるのだと読み終えて改めて思いました。
感想まとめ
永山たちの会話は難しい部分も多くて、序盤で彼の気持ちや話していることの全てを分かろうと思うことを止めました(笑)
ただだからか、特にハウスの永山の周りにいる人間が永山に対して思うことはよく分かりました。不思議だったのは周りにいる人間の気持ちが分かれば分かるほど私自身は永山を擁護したくなっていることでした。
特に20代前半に起きた永山のことは辛いです。読むことが苦しかったです。
一冊の本を読んでいて、ただ煌びやかではない部分の人生にたくさん触れられた気持ちです。
細かい場面も肩書の話や影山の芸人としての目線など、又吉さんが描くと妙に説得力があります。
作家の背景を知らなければ作品が楽しめないということはないので、作品と作家の人間性は切り離すべきなのかもしれませんが、「誰が語る」ということを知ることで生まれる力もあるのだと思いました。
終わりに
一つ一つ答えを出してはっきり出そうと思って読むとなかなか難しい読書になるのかもしれません。
きっと好き嫌い分かれる読書なのかも。
私は好きです!
同じ人間の歴史をよく感じることができました。時間の経過と変わっていく感覚はその人の歴史に裏付けされていて、どっしりと胸に残ります。