彩瀬まるさんの小説は独特な世界観で引き込まれます。
繊細で難しい気持ちが絡まり合った作品は生々しい。しかも独特で今まで読んだことのないような世界観が広がっていて驚いたり混乱しながらもその魅力に惹きつけられていきます。
軽く作家紹介。
彩瀬まるさんは幼少の頃にアフリカのスーダンとアメリカのサンフランシスコですごした経験を持ちます。
そして帰国後、上智大学の文学部へ進み卒業後会社勤務を経て、『花に眩む』で第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞しデビューします。
それからは『くちなし』で直木賞候補なるなど評価を高めながら活躍されている作家さんです。
そんな彩瀬まるさんの世界をたっぷり味わえる小説『不在』。これは愛による呪縛と愛に囚われない生き方とを探る野心的長編小説です。
Contents
あらすじ
明日香は父の遺言によって屋敷を受け継ぎます。24年前の両親の離婚によって、母に引き取られた明日香は父と長らく疎遠でした。
遺言は不可解で「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」でした。
遺言に沿って四半世紀ぶりに館に足を踏み入れた明日香は父の痕跡を感じながら家財道具の整理を始めます。
かつて居心地が悪いと感じていた館を整理するにつれ、知ろうともしなかった父や親族の姿に触れ、混乱しながらも気づく自分の想いの中で身の回りの関係性が変化していきます。
愛情のなくなった家族や恋人、その次に訪れる可能性とは?
喪失と再生を孕んだ野心的長編小説です。
彩瀬まる『不在』の感想
この話には自分勝手にも思える感情を表に出す人達が多く出てきます。
漫画家の明日香や、なかなかブレイクできない俳優で明日香の恋人の冬馬、明日香の担当編集や、明日香の親族、それぞれ曲げられない感情が言葉の節々に出てきて歪な人間関係だらけです。
でも読んでいて、うんざりせず面白く読めたのは、セリフや行動から滲み出る葛藤や苦悩が魅力的に感じたからです。
好みの設定でもありました。
気に入っていくつか写真を撮ってしまったページもあります。
明日香が作品の精密な打ち合わせの場面や空想膨らませていく段階での思い悩みなどが主です。
もしかしたら主題とは離れてしまうのかな?とも思いますが。。
漫画家にしても、役者にしても、厳格な家庭の中で期待される人されない人の人間関係にしても、強いエゴはみっともなさすら感じます。
でもみっともないようなエゴがあるからこそ強い個性と力を持った作品ができるのかもしれません。
これは私だけかもしれませんが作り手側の葛藤とか考え方ってとても興味深いです。
それが傍目、みっともなくても、それでいい作品ができるなら格好よさとも感じてしまいます。
この作品の中でも語られていますが、よく不幸せが作品の魅力に投影されるような考えを聞きます。
逆に幸せでもいい作品を書くと意気込みを話す作家もいます。
それがどうという話ではなくて、できた作品の価値を労力うんぬんではなく他人に評価されるというシビアな世界なんだとセリフを読みながらふむふむ思いました。
役者や作家ってサインを求められたり華やかな職業のイメージがありますが葛藤や苦悩、自己顕示欲もあります。
そういうセリフが好みでつい都度見返せるように写真を撮りました。
また、帯にもありますが、自分の嫌いな部分を愛してしまいたくなる共感がある本だと思います。
終わりに
最近、Twitter上で「小説は進化しているのか?」というツイートを読みました。
進化しているのだろうかと私は考えてみます。
本が売れない世の中と言われ、小説家一本で食べていける人は本当にほんの一握りと聞きます。
具体的な比較データを見たわけではありませんが出版部数が少なくなっている事実はあるのだということは分かります。
じゃあ、退化しているのでしょうか。
この「進化」の定義が曖昧なので答えを出すことはできませんが私の気持ちとしては「間違いなく進化している」です。
動画やテレビ、映画に音楽……。たくさんの娯楽が溢れている世界の中で小説も負けじと戦っています。
小説を原作とした映画やドラマのヒットもたくさんあります。
きっと小説が紡ぐストーリーと人の気持ちの機微の表現は時代に合わせた形ではありますがますます洗練されてきていると思います。
だって、面白いもの!
私は小説だけが好きなわけではなくてたくさん色んな娯楽をつまみ食いして時々くらくらしている人間ですけど、やっぱり小説面白いって思います。
ただ作品に入り込むまでの時間は他の媒体と比べて時間かかるような気もします。
字ばかりの本を読む敷居って高いような気もしますしね。
だけどそんな壁を壊すような小説家の一人としてこの彩瀬まるさんの小説が浮かびました。
活字だからこそ映える複雑な心情と意外なストーリーがあって引き込まれる作品です。
たくさんたくさん引き込まれる本が生み出されて、他の媒体を通してでもストーリーや登場人物の心情の面白さに気づかれて、じゃあ原作でも読もうか、なんて読んでみた日には「やばい、小説の原作、最高!」なんてありがちな話じゃないでしょうか。
『不在』はそんな作品でした。