岩井圭也さんの最新作!
先日感想の投稿をしましたが『永遠についての証明』でデビューした岩井圭也さんの第2作目です。
まるで違った設定ながら筆力というのでしょうか、読んでいると迫ってくる力を存分に味わうことができる作品です。
そしてラストシーンからエピローグにかけて小説の中の世界に気持ちを持っていかれるような場面がとても印象的!
読みやすい文章で綴られているのでお休みに読む読書として最適と思い紹介します。
あらすじ
倉内岳は剣道の卓越した実力を持ちながら公式戦にはほとんど出場したことがなく、運送会社のドライバーとして働いています。
岳には囚われ続けている過去があり、それは過去の父親が起こした殺人事件があります。
警察剣道「特練」のエリート、辰野和馬はその殺人事件で被害にあった人の息子です。彼もまた岳とは違った形で「死」を抱えて生きてきました。
「死」を抱えたもの同士が交わり戦う「罪」と「赦し」の物語です。
ここからネタバレ注意
夏の陰の感想(ネタバレあり)
人殺しの息子・倉内岳
ごみを捨てに行くと、見知らぬ中年の男から「人殺しの息子が、顔見せんな」と怒鳴られた。母はコンクリートブロックを持った若い男たちに追い回された。
犯罪者の家族に罪はあるのでしょうか。
私はその疑問を抱えながら読み進めていきました。
ない、というのが私の読む前からの考えでその考えの代わりはありません。
ただ物語の中で被害者の息子である辰野和馬の気持ちの流れを読んでいると大切な家族を殺された人間が加害者の家族がなぜ生きているのかという気持ちになることは理解まではいかないまでも気持ちに重く響きます。
そして事件について考え抜いた岳だからこそ、ずっと「人殺しの息子」として小さく生き続けてきたのでしょう。
大会に出るとか何を目指すわけでもなく縋るように剣道に没頭する岳の姿を見ていると「もういいのではないか」と声をかけたくなります。
父親から虐待があり、逃亡があり、父親の事件があり、そして感情が高まることがあれば浅寄の血だと思ってしまう岳が落ち込みながらも生きている姿と人生をかけて全日本予選への出場を決める第一章の岳の物語はぐいぐいと読まされました。
殺された父を持つ辰野和馬
「辰野くんのお父さん、殺されたの?」
目の前が真っ暗になった。
「何か、悪いことしたの? だから殺されたの?」
硬い石で殴られたようなショックに、和馬はしばらく口が利けなかった。
辰野和馬もまた事件があって「死」に囚われて生きています。
父が命がけで岳を救おうとしたことに疑問を持ち、考え続けた結果、
「強くなければ、生き残ることはできない」
という結論を導きます。
和馬の行動を読んでいると傲慢と思えるような行動もあります。
過去があって「強さ」に執着してきた結果と思うと何がいけなくて何がよかったのか私には分からなくなる想いでした。
第二章ではそんな和馬の物語で、岳の第一章を読んだ後で和馬の気持ちが重なり、出口が見えないような展開に苦しくなりました。
ただ第二章の終わりで全日本選手権という場で二人の人生が交わるという展開に救いがあるような気がして、後、単純に剣道に縋るように生きてきた二人の勝負が見たくて読むのを止められず一気に第三章まで読み進めました。
面白い!
夏の陰の感想・まとめ
第三章での二人の勝負はハラハラドキドキするというよりも剣道を通した二人の対話に惹きつけられ、静かな気持ちで読み進めました。
交わることのない関係である二人の対話はやるせない。
自分の人生を生きることができておらず、地獄のような日々を知っている二人が戦って光を求めます。
岳は和馬と対話している内に自分より暗い場所にいる人間の存在を知り「傲慢だった。」と感じます。
そして明るい場所へと出ようとする岳の叫びが勝負となって描かれる場面に釘付けです。
暗い場所で生きてきた二人が勝負の後に少し明るい場所へ出ていけたような気がして読後感もよかったです。
エピローグでなぜ和馬の父が岳を守ったのかの理由が描かれていて感極まるものがありました。
夏の陰を読んだ後感じた〇〇
犯罪者の息子や被害者の息子に対しての周りの反応は私にとっては嫌悪を感じました。
ずっと周りの反応を読む度に嫌な気持ちと怒りのような気持ちで読み進めました。
だけど、私自身がその周りになった経験があるわけではないので否定できるものではありません。
だからひたすらに岳と和馬が前向きな方向で進んで欲しいと思いながら読んで二人の勝負の場面へと夢中になることができました。
読み終わった後もいい気持ちで自分と向き合って、他者にも目を向けて、前に進んでいくというのは私自身、大事なことだと感じます。
読ませる力に圧倒されました。気が早いですが岩井圭也さんの次作も楽しみです!