『トリニティ』、『じっと手を見る』の著者・窪美澄さんの最新作。
『トリニティ』は現在直木賞候補作になって注目を浴びています。
新作をいつも楽しみに待っている作家さんの一人なので『いるいないみらい』の発売を知り本当に嬉しかったです。
家族のカタチを模索する人たちの5つの物語が綴られている短編集。
今、読み終わってそれぞれの物語のあたたかさに包まれています。
痛くて切なくて、でもあたたかさが残る短編集です。
Contents
あらすじ・内容説明
未来に向けて家族のカタチを模索する人たちの5つの物語が綴られた短編集。
「1DKとメロンパン」。知佳は夫との二人の快適な生活に満足しています。しかし妹の出産を機に彼の様子が変わってきて……。
「無花果のレジデンス」。妊活を始めた夫婦の話です。4か月が経ち時間がないとあせる妻に対し、夫の睦生は……。
「私は子どもが大嫌い」。単身者しか入居できないはずのマンションで独身OLの茂斗子は子どもの泣き声を聞いて……。
「ほおずきを鳴らす」。博嗣は母に会いに老人介護施設行くと煙草が吸いたくなりタワーマンション近くの公園へ足を運びます。そこでほおずきを鳴らす女と出会って……。
「金木犀のベランダ」。パン屋を営む夫婦の話です。繭子はパンに愛情を注ぎ、お客さんの手に届けることに喜びを感じて過ごしています。子どもについては自然に任せて過ごしていたのだが……。
子どもがいてもいなくても……。毎日を懸命に生きる人へそっと手を差し伸べてくれる5つの物語です。
ここからネタバレ注意
いるいないみらいの感想(ネタバレあり)
1DKとメロンパンの感想
あなたにとってしあわせとは何か。
知佳は智宏に何か作って食べさせておいしいと言われた時と考えます。智宏も知佳がおいしいという言いながら何かを食べる時、本当に嬉しそうな顔をします。
二人のしあわせはそれで丸く結ばれて、それ以上のものが入ってくる余地はない。それで充分じゃないか。
と知佳は思います。
しかし智宏は知佳の妹の生まれたての赤ん坊を見て「知佳ちゃんの子ども欲しい」と言い出します。
未来に向けての家族のカタチを考える中で二人の気持ちが両方ともすんなり胸に入ってきました。
話し合いには子どもがいた時の自分達の生活について想像することもあるし、金銭的な問題も上がります。
二人の考えや想いは完全に重なることはありませんが、それでも明日の朝が来ることが楽しみだと二人で思える毎日を今過ごせていることがラストで伝わって私は嬉しかったです。
無花果のレジデンスの感想
私は結婚もしてないし勿論妊活をしているわけではありませんが睦生の気持ちが痛く迫ってくるような気持ちになりました。
不妊治療について男にとって本当他人事ではない身近な話題になっているのだと思います。
そして何かつらい気持ちになった時、自分の気持ちをうまく伝えられなくて大切なパートナーとも気持ちがすれ違っていってしまうような雰囲気もなんだかすごく共感してしまいました。
最後に「寂しい」と伝えた睦生と「明日のいちばん早い飛行機で帰るよ」と返した波恵の気持ちがあたたかくて泣きそうになってしまいました。
私は子どもが大嫌いの感想
子どもの大きな泣き声とか身勝手な甘えとか、かわいらしく感じられるのだけど「嫌い」という人の気持ちは理解できます。
子育てをする友人や不妊治療している友人、「子どもができて、私の人生狂っちゃった」という未来の母親など様々な人がいる中で茂斗子は気持ちの中で「子どもが大嫌い」と唱え続けています。
でも物語を読んでいると茂斗子の生い立ちや両親との関わりなどただ「子どもが嫌い」という話ではなくて茂斗子が懸命に自分と向き合っていることが伝わってきました。
未来の姿を頭に浮かべて『私は子どもが大嫌い!』と繰り返しながら泣きそうになっている茂斗子の気持ちに深みを感じました。
ほおずきを鳴らすの感想
亡くなった子どもの年齢を数えてはいけないと誰かに言われたこともあるが、自分が年齢を重ねるたび、千夏も年齢を重ねているのだ、と思いながら生きてきた。千夏はこの世にはいない。けれど、僕は永遠に千夏の父なのだった。
博嗣の気持ちの向く先の全てが切ないです。
新入社員が入ってくれば千夏が生きていたら同じ年だと意識をし、公園であった女にも千夏を重ねて何か力になりたいと思います。
仕事場でも営業の上司として追い詰められて辞めていく部下の姿に心を痛めています。リアリティがあって一人の男の姿を感じました。
ほおずきを鳴らす女との「ありがとう」と「さようなら」の会話の先に、ほおずきを鳴らそうとして温かみを感じる博嗣の姿が少し彼のさびしさが前向きな方向に向かっているような気がしました。
ほおずきを鳴らすことは知りませんでしたが調べて想像してみると終わり方にしみじみしてしまうような余韻を感じました。
金木犀のベランダの感想
選ばれるパンと選ばれないパンがある。
どれも同じ重さ、形、味で作っているのに、誰にも選ばれないパンが。
その日に売れ残ったパンを仕方なしに廃棄するとき、胸がきゅっと痛む。パンをゴミ袋に入れながら、売ってあげられなかったね、ごめん、と私は心のなかで手を合わせる。
何気ない始まりなのに読み進めていくと繭子の内面がこの冒頭の文章も含めて全ての言葉を通じて伝わってきます。
施設で育って養子を探しにくる大人に選ばれなかった経験を繭子は持っています。そして心に大きな穴が空いているようにも思っています。
一人で抱えていた気持ちは節子さんの「ご主人となんでも話をなさい。怖がらなくてもいいの。大丈夫」という言葉もあって栄太郎と話します。
繭子の気持ちの柔らかい部分を栄太郎と話して繭子が
栄太郎という人を得て、私の人生はどこも欠けていない。
と嬉しさを感じていてよかったです。
来年も同じように金木犀の香りを感じたいとか、来年も今も同じような日々であって欲しい願えることは本当に素敵です。
いるいないみらいの感想まとめ
子どもいること、いないことを中心に未来の家族のカタチを考える人々が描かれています。
この物語の登場人物の年齢の大体が私と同年代で結婚はしていなくても心情が伝わってくる場面が多くありました。
現実的でもあり、痛さも切なさも物語の中で何度も感じました。
それでもどの話もいろんな家族のカタチを想像する中でパートナーや身の回りの物事と懸命に向き合ってあたたかさのかけらのようなものを感じられました。
それが嬉しくて、自分自身にも手を差し伸べてもらえたような気持ちにさせてもらえた大切な一冊になりました。