江國香織さん、二年ぶりの長編小説!
江國香織さんで読書の楽しさを知ったという人は多いのではないのでしょうか。
『きらきらひかる』、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』、『号泣する準備はできていた』、『冷静と情熱のあいだ』……。
私はまさしくその中の一人です。
当時、高校生時代の私は江國香織さんの使う言葉が光っているように見えて虜となりました。
それまでも小説を読むことは無意識に好きでしたが、「あぁ、こんな文章があるんだ」って、「本を読むって楽しいんだ」って自覚した作家さんです。
そんな江國香織さんの二年ぶりの長編。
美しい風景と愛すべき人々、そして「あの日の自分」に出逢える旅の物語。
題名だけでも刺さるものがあります。
『彼女たちの場合は』
じっくりと楽しみに読みました。
あらすじ
14歳と17歳。ニューヨークの郊外に住むいとこ同士の礼那と逸佳は、ある秋の日、2人きりで”アメリカを見る”旅に出ました。
長距離バスやアムトラックを乗り継いで、ボストン、メインビーチズ、マンチェスター、クリーヴランド……と二人の旅は続いていきます。
各地で訪れる出会いと別れ、積み重なる二人だけの思い出……。
繋がっていくもの、切れていくもの、変化していくもの、変わらないもの、生まれるものなど、礼那の視点と逸佳の視点、2人の親の視点で綴られた物語です。
ここからネタバレ注意
彼女たちの場合はの感想(ネタバレあり)
旅先での出会いと別れ
この小説の面白さは何でしょうか。
私は頭から礼那と逸佳の感性が伝わってくるような文章で充分楽しんで読んでいました。
でもぐっと小説の中に引き込まれるきっかけがあります。150ページくらい。
編み物男・クリスとの出会いと別れです。
編んでいると落ち着くというクリス。
別れが近づいてきてどちらかといえば寡黙で落ち着いた男のクリスに変化があります。
彼が編み物ばかりして礼那に「怒ってるの?」と言われるほど緊張感を醸し出しています。
そして白状するクリスの言葉。
「きみたちはよく笑うよね。思ったことははっきり言葉で伝え合うし。そんなきみたちといるのはすごく愉快で、たのしんでいる自分が意外だった。変だと思うかもしれないけれど、たぶん僕は――」
クリスはそこで言葉を切り、
「たぶん僕は、きみたちがうらやましいんだ」
クリスの言葉は正直で純粋で彼の言葉を聞く度に別れが悲しい。
気持ちの動きにうらやましさを感じるような人と一緒にいて楽しんでいる自分の気持ち。同時にそんな人たちとのお別れが近づいていることの悲しさを想像していました。
逸佳と礼那だけではなくて、2人の旅で出会う人々の感情が絡んで、迫ってきてここからどっぷり小説の世界に引き込まれました。
クリスとの出会いだけではありません。
ヘイリーの自由さ(誕生日の演出最高です)やハンナとのもどかしい出来事(これは胸が苦しくなった)、アン(「ハミチンノゴエン、ワスレテハオリマセン」は笑った)など本当たくさんの出来事を読書なのに思い出のように楽しむことができました。
他にも色んな人物とそれぞれの絡みがあるのできっと読む人によって、もしくは同じ人でも再読すればその時々によって印象に残る出会いや別れは違うのだろうと思います。
旅の、この物語の、大きな面白さの一つだと思います。
礼那の母・理生那の変化
親と子で交差していく想いもあります。
子どもが突如旅に出て行ってしまったらどう思うのでしょうか。書置きがあり、時折絵葉書が来て無事を知らせたのだとしても。
心配があると思うし、もしかしたら旅で色んな得難い経験をしているのだと分かったら心配しつつも微笑ましく思うのかもしれません。
学校があるのだから、と怒りに震えてしまうかもしれないし、その怒りの矛先はその旅の原因となった人物に向くのかもしれません。
子どもの気持ちになってその行動に納得する人もいれば、まだ正しい判断ができない子どもなのだからとその行動を否定する人もいるのだと思います。
そしてこの物語でも礼那の親、逸佳の親それぞれに違った想いがあります。
理生那と潤のようにはっきり決定的なお互いの違いに気づいてしまうこともあると思います。
私は理生那の気持ちの動きが印象的でした。
潤に責められながら自分がどう思うべきかどこか迷っているようにも思える彼女の心境が潤から離れていく様は生々しい。
が、ひさしぶりに間近で見る夫の横顔は、口元が赤い蓋で隠れた知らない男の横顔にしか見えなかった。おなじ日本人というだけで、自分とは何のかかわりもない男の人のようにしか――
怖い。。
でも何か物事が動くことで気づく決定的な価値観の相違もあるのだと思いました。
礼那と逸佳の旅を通して揺れる四人の親の気持ちの方向はそれぞれ違っていてその強さが印象的でした。
逸佳と礼那の旅の果てに
17歳と14歳。
この二人の旅は読んでいる方もはらはらしてしまうし、実際に逸佳が未成年を隠して長く働く期間など私の想像の枠を超えたスケールの話でした。
「望み」がないという逸佳はいやなことははっきりわかります。
だから「ノー」はあるけど「イエス」は極端に少ない。唯一の「イエス」である「見る」ことから始まった「アメリカを見る」旅。
二人の旅は美しい風景を見る旅であり、様々な愛すべき人々との出逢いと別れでした。
二人がお互いのことを大事にしているのが読んでいてとても嬉しかったです。
逸佳は礼那がどう感じているのかをいつも考えているし、礼那も逸佳の想いに応えたいと思っている。
二人がお互いに優しくて、従妹の絶妙な距離感が素敵です。
長い旅路の果てに二人共「おもしろかった」と言える旅でよかった。
読者として見守ってきた二人の旅でしたが最後には二人の笑顔が嬉しくなってしまうくらい旅に寄り添っていました。
彼女たちの場合はの感想まとめ
上げたらきりがないほどささる文章があって、記事の始めに書きましたが江國香織さんの使う言葉や表現が素敵です。
私が個人的にぐっときた文章を2つだけ上げます。
おもしろい発見だと逸佳は思う、怒りと恐怖が共存できないというのは。
何気ない逸佳の気づきについはっとさせられました。
「わかったよ。れーながこわいのはうちに帰ることじゃなくて、うちのことを思い出しちゃうことだよ。だって、もし思い出したら帰りたくなるもん。れーな、帰るのはいいけど、帰りたくなるのはいやなの」
これは礼那の台詞ですが、この礼那の気づきにもはっとさせられました。
こんな風に独特とまではいかないですが意識外から刺さるような文章や会話が読んでいて面白いのです。
だから旅の各出来事や美しい風景や愛すべき人々と合わせて小説まるごと楽しめてしまう一冊でした。
旅したくなります。懐かしくて、少し羨ましくなるような気持ちで読み終えました。