創作

『くるくる廻る』【創作ショートショート】

はじめに

作ショートショートです。

こちらは約2000文字ほどの小説です。2,3分で読めるくらいの分量です。

実際に書いたのは昨年で特に何かに応募するわけでもなく、ただ楽しく書きました。

『くるくる廻る』

「しーえむ、しーえむ」

美久が言う。博文を見もせずテレビ画面に夢中になって話している。

入所施設で暮らす美久にほとんど毎週末博文は会いに行く。月に一度は母親と一緒に来園し、一緒に帰宅をする。本当は毎週でも帰宅させたい気持ちは母にも博文にもあったのだがアパート暮らしの家で夜中眠れないと部屋の中で大声を上げて飛び跳ねる美久を毎週連れて帰るのは難しいというのが本音だった。

「誕生日おめでと」

美久の二十五歳の家族での誕生日祝いは誕生日の日付が一番近い母の休日に合わせて先週末ホテルの一室で行った。

美久は誕生日のお祝いというよりもホテルの柔らかなベッドをトランポリンのようにして跳ねることに喜んでいた。用意したケーキも喜んで大量に食べたが食べ過ぎて夜中に吐いてしまった。そんなこともあって朝方はなんだか三人とも疲れ切ってしまってとても楽しかったとは言いづらい雰囲気で施設へと送りに行ったのだった。

そして実際の誕生日も博文は何とかして美久を喜ばせたいと思ってやってきたのだった。

美久が喜ぶものをよく考えて博文は姉の大好きな戦隊もののDVDをレンタルして持ってきた。

美久は実際に喜んではくれた。だが博文には見向きもしないで先ほどから美久は映像だけに夢中になっている。DVD映像なのにテレビ番組と勘違いしているのかCMがないことを不思議に思って「シーエム、シーエム」と繰り返している。そして好きなヒーローが飛び跳ねると「すきすき」と声を上げた。

博文は美久が最も好むファーストフードのハンバーガーセットを持ってきていた。職員に教えてもらった好物だったがDVDの切れ目で美久に紙袋を差し出すと奪い取るように鷲掴みし、確かにあっという間に平らげたのだった。

こうして食事している姿を眺めていると博文は小さな頃の食事を思い出す。良かった時の記憶も悪かった時の記憶もある。

明子が作った食事を「おいしいおいしい」と食べていたこともある。その時の明子は食べている美久以上に嬉しそうな表情で、そんな明子の様子を見て博文も心の底から嬉しい気持ちになった。

でも出されたご飯に口すら付けず皿ごと投げつけたこともある。荒れる美久を引きずるように部屋まで連れて行き、落ち着くまで押さえつけて落ち着いたところで恐る恐る叱る。明子が小さな背中をさらに小さくして床掃除するのを見るのが博文は嫌なので隙を見て全て片付けるのだった。

今は施設で美久の拘りに合わせて生活しているので薬を飲んで好きなテレビさえ逃さなければ不穏になることは少ないらしい。

「ねえ、おいしかった?」

美久は笑顔で「おいしいおいしい」と言う。まるで笑顔の年齢が変わらない姉の姿を見て博文は嬉しくなる。

だから「誕生日おめでとう」とプレゼントの包みを美久に差し出した時には迂闊にも期待があった。変わらない笑顔を自分に向けてくれるように博文は思えた。

美久は包みを一瞥すると「シーエムシーエム」と言ってテレビに向き直った。プレゼントの包みには興味を示さずまたDVDをつけるようにテレビを指差す。博文はDVDプレーヤーをリモコンで操作しながら言う。

「……そうだね」

美久から返ってきた言葉が少なからずショックで思わず低く抑えた冷たい声が出た。博文は自分の出した冷たい声にはっとする。この冷たい声のせいで美久の気持ちが荒れたらどうしようかと不安になる。でも不安を他所に美久はテレビ画面に夢中になっている。ほっと安心する気持ちとその後からじわじわとテレビに対する馬鹿馬鹿しい嫉妬で一杯になった。

少し疲れていたのだ、と博文は思う。

家族内も父親は美久の存在をあまり好意的に認めていなくて、月に一回美久が帰宅することも施設にいるのだから必要ないというスタンスで、そんな発言がある度に父と母は衝突する。

こうやって博文が誕生日をお祝いに来ることだって「施設でお祝いしてもらってるだろう。自立のためにほっとくのも大事だ」と言われて博文が困っていると母が「家族がお祝いすることの何がいけないの!」と大喧嘩になっていた。

今朝、博文は家族には何も言わずに家を出た。家を出た瞬間にその日初めて空気を吸ったような気がした。

「ねえねえ」

プレゼントの包み紙を破って美久の好きなヒーローのぬいぐるみを見せた。テレビと美久の間にそのぬいぐるみを掲げてみる。そして揺すってみた。

すぐにそれが失敗だったことに気づいた。

美久はテレビを観ることを邪魔されて気分を害したらしくぬいぐるみをつかんで博文に投げつけた。柔らかなぬいぐるみが博文の顔で跳ねて居室の壁際に転がっていった。

痛みはなかった。でも悔しくて博文は俯いた。そしてのろのろと立ち上がって転がったぬいぐるみを拾う。ファニーになったヒーローが博文に向けてマントを翻している。

疲れていたのだ、と博文は思う。

博文は小窓に掛かっていたレースのカーテンを外した。外している作業に美久は見向きもしなかった。がちゃがちゃとカーテンレールから外したカーテンの端と端を摘まんで広げる。

「うん」

カーテンを背中に回して身体を包むようにして顎の下で両端を合わせた。小さなマント姿のような恰好だ。

そのカーテンマントを美久の横でくるくる回転して翻した。ぶわっと白いレースのカーテンが美久の横で広がった。博文は「姉ちゃん姉ちゃん」と何度か姉のことを呼んでくるくると回り続けた。ほら、ヒーローだよ、と。

もしかしたらテレビのことを言ったのかもしれない、と博文は思う。目が回って倒れた博文の横から美久の声が聞こえた。

すきすき。

美久の言葉を博文は全て欲張って自分のものにした。頭の中はいつまでもくるくると回っていた。

終わりに

前回投稿した『カーテンさんとぼく』と同じくカーテンをつける人が現れます。

意識したわけでもありませんが私にとって「カーテンと人」の話というのは今までいくつも浮かんでいる話です。

またぽつぽつ投稿しますね!

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一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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