創作

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑧【創作小説】

創作小説『カーテン越しの見え方がちがうだけ』第8話です。

前回はこちら。

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑦【創作小説】創作小説『カーテン越しの見え方が違うだけ』第7話です。 前回はこちら。 https://tokeichikura.com/s...

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カーテン越しの見え方がちがうだけ・まとめ

場面番号はしおりがわりになるように便宜上実際よりも細かく振っています。

カーテン越しの見え方がちがうだけ⑧

 25

翌日の夜中も家を抜け出して公園に向かった。美久は昨日と同じように練習に没頭していた。

私はそれをずっと眺めていた。眺めていると彼女の練習を休んでしまったら技術が衰えるかもしれないという恐怖が伝わる気がする。それくらい尊く洗練された技術だ。彼女はきっと自分の芸の向上にとりつかれている。親戚に披露することが動機だとしても彼女の誰にも真似ができないくらいの技術に惚れているのは美久自身なのだろうと思う。

そういう意味では彼女は芸に呪われている。そしてそれが仕事にもできてなくて、恋愛もできてこなかった理由にもなっている。

「昼間にやって誰かに披露してみては? あるよね、大道芸って。それかテレビのコンテストみたいなのないの?」

美久に聞いてみると、「緊張すると失敗するから嫌だ」と答える。美久は失敗を恐れていた。

「過去に緊張して失敗したことあるの?」

「中学校の時」

「もう今なら大丈夫じゃない?」

「怖いから無理」

美久のトラウマは根が深いように思えた。それ以上は聞けなかったが美久の力になってあげたいと言う気持ちは湧いた。今、何かに脅えながら一所懸命練習している姿はきっと男女問わず魅力的だというのに。

練習の終わりに美久がお願い事をしてきた。

「一緒に婚活パーティに行って欲しい」

「いやいやいや、私は既婚者だよ」

「ばれないから大丈夫」と美久は堂々と無責任なことを言う。

「でもお金もないし」

「大丈夫、女性は無料のやつにするから」

「行ったことあるの?」

「ない。でも調べた」

「無理無理無理」と私は断った。いくら博文との生活に疑問を持ったのだとしても他の男性に興味があるわけではない。それはむしろ面倒な事だ。「力になってあげたいのは山々だけど」

「一人じゃ怖い。でも自分で動きださないととは思う」

「私が行っても変わらないでしょ」

つい冷たい声が出てしまう。美久は悲しみを帯びた声を出す。

「でも怖いの」

私はその声の調子に気付かない振りをする。「駄目なものは駄目」

美久は肩を落とした。だから「それ以外ならできるだけ応援するから」と明るい声を出した。美久は「そうか」と言って最後に「ごめんなさい」と謝った。その謝りの言葉がなおさら私にとってはしんどかった。彼女の目が不安を訴えている。卵の殻をつけたひなどりに見つめられた親鳥みたいな心境だ。

 26

その日、朝家に戻ると博文はベッドに座っていた。

「おかえりなさい」と博文は言う。

私は気まずさを感じながら「ただいま」と言う。

「どこ行ってたの?」と聞いてきたので向かいの私のベッドに座って言う。

「散歩」

「昨日も?」

「そう昨日も散歩。そこの公園に」

「夜中だと危なくない?」

「大丈夫だよ」

明るく言ってみたが内心は腫れものに触れるように薄っぺらい笑顔で聞いてくる博文に苛立つ気持ちがあった。

「心配になるからできれば昼間に散歩してね」と博文が言う。その通りだと思いながらも苛立つ気持ちは止められない。

「夜の散歩が好きなの」

思いのほか強い口調が出てしまって博文は目を丸くして「そっか」と言った。「まぁ、そういう時もあるよね」と聞きわけのいい振りをする。彼は怖いのだ。私が内に籠って暗くなってしまうことが。

「コーヒーでも淹れようか」とご機嫌をとろうとしてくるので、私が身勝手なことを言っているのだと分かっていても「いらない」と言ってベッドの中に入った。

彼は私の「いらない」の言葉を噛みしめるようにそのまま座っていた。しばらくしたらまだ朝は早かったが立ちあがって洗面しに行った。そして餌付く音が聞こえた。これみよがしに聞こえるように言わなくてもいいじゃないと思う。でも止められないものだということも本当は分かっている。かみ合わないパズルばかりがあって私を苛立たせる。気付いたら私は洗面台へと走っていた。博文の背中に立って言う。

「ねえ、仕事辞めたら?」

私はついに切り出してしまったと自分を俯瞰する思いだった。

「ん?」と涙目の博文がゆっくりと振り返る。顔をタオルで拭く。

「そんな苦しみながら働いてどうするの? 働くために生きているわけじゃないでしょ」とまた強い声を出してしまう。

「そうだね」と博文は俯いた。

「そうだねじゃなくてさ、生活なら何とかなるよ。そんなの分かってるでしょ。何とでもなるの。本当にさ」

博文は叱られた子どものように口を一度結んで私の言葉を吟味するように頷いた。

「心配かけてごめん。でもがんばるよ」

「何? 仕事を続けたいの?」

「そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、何で? そんな毎朝うえうえ言いながら出社して暗い顔で帰ってくる毎日なんて楽しくないでしょ?」

「うん、でも仕事だから楽しくないこともあるだろうし、転職してもうまくいくかなんて分からないし」と博文はぶつぶつと言う。

うーん、と私は唸る。何を言ってんだろう、と思う。馬鹿なんじゃないかなとも。でも全部を言ってしまったら感情が爆発してどうにかなってしまいそうだ。私は声を抑えて「なんとでもなるんだから、もっと毎日楽しんでよ」と言った。泣きそうな声になっていた。

私は嫌な予感がして顔を隠すために背中を向けた。背後から「ごめんね、ありがとう」と聞こえる。

この人は何も分かっていない。望んで縛られて苦しんでいるのだ。意味はわからないが、彼は大真面目なのだということは長年の付き合いだから分かる。

私はベッドに戻って眠ったふりをした。きっと私がいなくなるような変化があれば変われるのかもしれない。自分が本当に楽な方向へ。私がいなくなれば後で振り返った時に生きててよかったと思えるような選択ができるのかもしれない。

その考えは私の答えだ。消すことはできない大きな答えだ。

でもそれを選択することは辛すぎる。博文が会社に依存した生活をしているように私は博文に依存してきたのだ。離れることを想像すると辛さを十二分知ることができた。

ベッドに入って掛け布団で頭全部覆う。私は博文のことを信じているし理解している。優しくしたいし思いやりたくもある。大切な人なのだ。これを世間では愛しているというのだと思う。

時間が経って遠くから「いってきます。がんばるね」と聞こえてくる。私は答えない。ただ泣いているだけだ。

泣いていると私が博文と付き合い始めた時のことを思いだす。それは悲しみを深くさせる薬物のような思い出だ。でも止めることはできない。心臓に打ち込まれた大きな杭を引き抜くかのように私は流れてくる記憶に身を任せた。

終わりに

例えば10年とかそれ以上とか何かを積み上げてきたとしても新しい経験に飛び込んでみれば挫折があって成長があります。

積み重ねるごとに挫折が怖くなったり、挫折して成長するのがとても大変に思えてうまくこれまでの自分をこれからにスライドさせていこうとする自分がいます。

今、介護業界でお給料がそこまで悪くなければ、今後悪くなることのない業界の売り文句として「安定している」とよく人がいます。

終身雇用の世の中ではありませんが終身雇用の保証のような文句が結構響くようです。

今、私の中で「安定」という言葉がどれだけ魅力的なのかを測りかねています。

今後の自分の人生の方向を決める上でとても大事な会議がよく私の中で起こっています。

今回短めの場面ですが昔書いた文章をリライトしつつアップしながら、また昔と今の同じ気持ちを感じたのできっと人生の方向の会議というのは私の中でずっと大事だったことが分かりました。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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