創作

『鐘の裏 継母と分かつ 父の骨』【創作ショートショート】

創作ショートショート。

約2000文字で5分ほどで読み終える分量です。

『鐘の裏 継母と分かつ 父の骨』

継母に会うのは七年振りだった。父・正明とはちょうど十歳違ったはずだったから五十六歳のはずである。私自身は父が二十の時の子供なので継母とは十違う。頭の中で父の系譜を浮かべると等間隔に継母と私の存在の印が並べられているのが浮かんだ。

前に会ったのは母の法事だった。車で父を迎えに行ったときに挨拶だけした。私が社会人になって家を出てから再婚したので私は継母のことをほとんど知らない。そして父が私が自立してからそれまで長く勤めていた会社を辞め自営業を始め、そして再婚へと人生の舵を切ったことを考えれば彼の新しい人生にまた私が関わっていくのも申し訳ない気がした。母を失くしてから父は一つも文句を言わずに私を育て上げたのだから。私が父の姿で思う浮かべるのは朝仕事に出る前に餌付いている姿だった。そもそも口数の少なく、家に帰れば黙って発泡酒の缶を開けてテレビとにらめっこしているような父が営業職についていることは想像ができなかった。

本当は私が大学に行きたいなんて言わなくて、もしくは行くにしても入学費は自分で貯めて後は奨学金でまかなうことを押し通せば、父に「苦しい仕事は辞めて好きなことやればいいよ。今までありがとう」と言えたのだと思う。実際のところは奨学金をとることを伝えた時、返答までにしばらく時間を置いて重苦しい雰囲気を作った父が「いらん」と一言言い、テレビを付けて私に背を向けた瞬間に私の心は簡単に折れてしまった。馬鹿だなと心残りなのは何でその時に「ありがとう」と言えなかったのだろう。

私は怖かったのだ。でも今なら分かる。父も怖かったのだ。正しい父を演じることが父にとって最も大事なことで、それでもその正しさの方向に自信が持てないでいた。それはそうだろう。相談相手の母はもういないのだから。父の中である父像は自分の父親とテレビなどの父親を掛け合わせたような父であったに違いない。そしてその全ては母がいることで成り立つことが前提の厳かで偏った父像だった。

だから七年前、父を迎えに行った実家で彼が継母に笑顔で「言ってくるわ」と声をかけた時、驚きがあった。父ではなく正明の姿を私は初めて見たような気がした。継母は十歳年下の私に「すみませんがよろしくお願いします」と深々と頭を下げた。

父は車の中でよく笑いよく喋った。お酒を止めたという話から始まり、コンビニのカップ麺販促キャンペーンのおまけを集めているなど私と父と二人暮らししていた時からは想像できないような話まで話していた。

きっと父は私という重しがなくなって再婚し、自分の気持ちの向く方向へ自由に動ける体制になったのだと改めて思う。

不思議と寂しさはなかった。よかったという気持ちだけだった。親の幸せを願う子というのもきっとすごく自然で当たり前の気持ちなのだと分かるすっきりとした気持ちだった。

あれから七年経った今だって同じ気持ちである。

父の晩年が七年前に感じたよく笑いよく喋る姿なのだと私は自身にそう思い込ませた。

通夜で継母も私も泣かなかった。

通夜の夜は継母と私で交代で寝起きをして父に話しかけながら線香を絶やさないようにした。

ほぼ私と継母は話さなかった。私が愛想よく話せばよかったのだが私が話したくなかったからだ。

私が思い浮かべるの父の姿と継母が思い浮かべる父の姿は大きく乖離していた。「父は亜矢さんと一緒になって笑顔が増えて本当によかったと思います」という言葉を発してしまうと私は胸の奥底にある大樹の根のような想いが想いが揺らび震えて涙が止まらなくなるような気がした。

私は私の想いで父に感謝をし、寂しがった。

継母もきっと同じだ。

棺の中で対面した父は皮だけが張り付いたようなひどく痩せたものだったのに、焼かれた後の父の骨は図太くくっきりと身体の形を残していた。私はそれを見ると父の強さを思い出した。母を見送った時も、その後も彼は強く私を導いてきた。私に弱みを見せることなど一度もなかった。それと私が離れた後のあの柔和な表情。父を成り立たせる強い軸は外側を張り替えるだけでまるでイメージが変わる。骨と皮みたいだ。

さんざん砕いて竹と木の箸を使って骨壺に入れていく。三途の川を渡る時に竹の舟と木のオールを使い漕いでいく意味が込められているのだそうだ。

骨は寺で継母と分けた。鐘の裏でほとんど会話も交わさず二人で父の骨を分ける。

「……ありがとうございました」

二人で分けて継母が私に言う。「こちらこそ」と私は言う。もう声が震えていた。

私たちは父が大好きだった。お互いに見えているのはまるで違う父だったけど大好きだった。父の思い出を分けることはできなくても骨は分けられる。そして骨を分けたことで違う方向からやってくるお互いの父への想いが重なったような気がした。

一時、泣く。涙が川になってその川を父が竹の舟で渡る。

土の匂いが鼻先をざわざわと撫でる。

「……お父さん、いいとこにいってくれたならいいね」

「いいとこに行って欲しい……いいとこに行って欲しいな」

分けた父の骨は軽かった。(了)

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一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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