創作

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑦【創作小説】

創作小説『カーテン越しの見え方が違うだけ』第7話です。

前回はこちら。

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑥【創作小説】創作『カーテン越しの見え方がちがうだけ』第6話です。 前回はこちら。 https://tokeichikura.com/so...

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カーテン越しの見え方がちがうだけ・まとめ

場面番号はしおりがわりになるように便宜上実際よりも細かく振っています。

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑦

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博文は二十三時頃、帰宅した。いつもと同じように疲れ果てた雰囲気満点の表情だった。

「ただいま」

私は「おかえりなさい」と言って、すぐさま作っておいたシチューを火にかけて温め直す。

「ビールは飲む?」

これは暗に「今日の仕事はどうだった?」という質問だ。博文は契約が取れた日はビールを飲む。取れなかった日は飲まないということをジンクスのように続けていた。始めは「ご褒美だから」と始めたものだが、最近では「ビール飲むために頑張れるわけでもないけど、新卒の時からずっと続けてるから」と変えていない。私にとってはなかなか営業マンに今日契約を結べたのかどうかを直接は聞き辛い。だからビールを飲む日については仕事の質問ができるし、飲まない日については仕事についての話題は避けるようにしている。それがいいのか悪いのかは分からない。気を遣って始めたことだけど、取れない日が続くと夫婦の会話が激減していることに気付いた。

「ううん、いいや」

博文はスーツを脱いで足早に「シャワー浴びてくるね」と風呂場へと向かう。表情を盗み見たら引きつった笑いをしていた。私は「わかったぁ」と努めて明るい声を背中に投げかけた。

シャワーを浴びている時に洗濯籠に脱ぎ捨てられたワイシャツの襟元を見た。茶色く汚れている。夏の暑い日に外を歩き回ってへとへとになって結果がでない時の気持ちはどんな気持ちなのだろう。しんどいことは簡単に想像することができる。私は彼を励ます言葉を探すけど持っていない。腫れものに触るように接してしまうことがよくある。でもきっと博文も同じで私にどう接していいか分からなくて結果が出ない日に無理に笑うことがよくある。どうしたものなのだろう。

美久は三時に公園の広場の場所を指定してきていた。きっとそれまでには博文は寝ている。でもよく彼が夜中に目が覚めてしまっていることを私は知っている。ここ二年くらいだろうか。博文は熟睡できていない。朝は強いのか機嫌が悪くなることがないので特に暮らし振りが変わることはない。ただ隣のベッドで布団に潜ってスマホを開く日が多くなった。

博文はシチューを口に入れた。「美味しい」と言う。「ありがとう」と私は返す。米は小鳥の餌くらいしか食べない。だから食事の時間は本当に短く終わる。彼はあまり食べられないのが悪いのか、会話が浮かばないのが悪いのか、契約がとれないのが申し訳ないのか、それとも単に気を遣っているのか「ご馳走様」の後に食べたものの洗い物を始める。「私がするよ」と言っても甘えてはくれない。

博文のことを苦しめているのは仕事なのかもしれない。でもその仕事と博文を縛っているのは私なのだ。もし辞めさせてもきっと変わらない。彼は私のことを考えて新しい縛りを自分に課すのだ。

もし今「別れよう」と言ったらどんな反応をするだろうか。

ちゃんと「嫌だ」と言ってくれるかな。言ってくれなかったら悲しいな。

私のことを変に考えて「それが知佳のためなら分かったよ。うまくできなくてごめん」なんて言葉を言いそうではある。

私はそんな風に時々妄想する。とても怖い妄想。

私は私で博文と離れなくないのだ。今、ろくな会話がなくてお互いに気を遣い合っているだけなのに。いずれ乗り越えられると楽観的に考えているのだろうか。

いや、違う。博文と私の今までのかけがえのない歴史のようなものが私を縛っているのだ。一緒にいることは嫌ではない。我慢できないわけでもない。でも漠然とした物足りなさと不安はある。私もろくなものではない。

「どうしたの?」

博文は洗い物をしていたが私のため息に気付いて声をかけてきた。彼は優しい。こんな人はそういないのだ。

私は笑顔を作って「ううん、大丈夫。ごめんね、疲れて帰ってきたのに」と言う。

「早く寝た方がいいよ」と博文の声はやはり優しい。「ありがとう。博文もね」と言うと博文も「ありがと」と微笑んだ。

洗い物が終えるとそれぞれ歯磨きをして寝床に入った。私は寝ない。時々、ちらちらと隣のベッドで目を瞑る博文を見ているとすぐに寝息が聞こえてきた。よかった、と私が思う。今日、美久に会う約束があることを別にして、明日の朝に心機一転リセットできるような博文の安眠を願った。

 23

二時半になっても博文の寝息のリズムは変わらなかった。私はそろりとベッドから抜け出た。タオルケットの下に枕を潜り込ませて、暗闇の中で見れば私が布団に潜って寝ていると見えなくはない。よほど怪しまない限りばれることはないだろう。

リビングに用意しておいたジャージとティーシャツに着替えて外に出た。夏といえども、夜の空気は涼しくて気持ちいい。

夜の公園はさすがに人影が少なく静かだ。夏の夜風は気持ちいい。こんな夜分に女性が一人出歩くのは危険な気もする。美久は毎日のように夜中に公園に出ているような素振りだったが大丈夫なのだろうか。私は足早に美久のいるはずの広場へと向かった。

この広場は仙台にまだ来て間もない頃、気分が沈みがちになっていしまった私をキャッチボールに誘ってくれた広場だ。思い出しただけで笑ってしまいそうないい思い出がたくさんある公園だった。思いだして今泣きそうになってしまうのは何故なのだろう。

広場は暗くてはっきりと全体は見えなかった。灯りはあるが防犯灯がいくつかあるだけでたいして明るくもなっていない。ただその暗がりの中でも点滅している光が見えたので近づいていくと確かにそれは光る棒をお手玉のように投げている人の姿だった。ただ様子がおかしい。より近づいてみると私はそのジャグリングをしている人間に驚いた。

ひょっとこのお面を被って、青色の布に穴を開けてマントのようにして着ているのだ。祭りとサーカスを一緒にしたような姿。ただ点滅する棒をジャグリングしている姿は煌びやかで一人でイルミネーションを作っているかのように美しかった。特異な姿に目を奪われてしまったが動きに注目すると細やかで繊細な動きだった。それはとても一朝一夕ではできない複雑さに満ちていた。

「美久ちゃん?」

私は5メートルほど離れた場所から遠慮がちに声をかけた。ひょっとこのお面は上げた棒を全てキャッチするとこちらに顔を向けた。そしてお面を取った。美久だった。髪の毛が汗で額に張り付いている。激しい運動なのだろう。彼女は微かに息を切らしている。ただ微笑んだ。私は安心して近づいた。

「顔見れないから不安になったよ」

美久は表情を変えずに答える。「知らない人に顔を見られたくないから」そしてまたお面を被った。

「何で? 顔見えた方がかわいいよ」

でも確かにこんな夜中だったら顔が見えない方が安心なのかもしれないと思った。女性が一人でいることは危険な気がする。

「そんなことないしかわいくもない」

反論を許さないような強い口調だった。「そんなことないよ」と私は言って「大きな布被っているんだね」と話を変えた。

「これはカーテン。良い色」

美久は穴を開けて被ったカーテンを摘んでみせるようにした。個性的な格好だ。

「また面白いことをしているのね」

「ビョークは気にいったカーテンに穴を空けて着ていた」

ビョークは確か洋楽のアーティストだ。名前は聞いたことがあるし、ビョークが出た映画を一つ観たことがあった。確か最後処刑される暗い映画だ。美久は自分のやっていることが正しいのよ、というように言った。私は納得しなかったが「そうなんだ」と好意的な表情を作った。美久はきっと気にいったことに対して真っ直ぐな人なのだ、と思った。それはとても大切なこととも言えるが生きづらいだろうな、とも思った。

「ビョークが好きなの?」

「そうでもないけど、ヨーガは好き」

「ヨーガ」が何なのか、曲なのか映画なのかも分からなかったがそれを掘り下げるのも私がしんどかったので「そうなのね」と流してしまった。

美久の正直さを見ていて私は、もし今私が全てのしがらみを考えなくてよくてただ自分の気持ちに正直に行動するならば、とどういう行動をとるだろう、と思った。美久は極端ではあるけど私が歳と共にぼやけさせてしまった大事な中身をもった人なのだった。

それから美久の隣に座って話をした。彼女は毎日のように夜中になるとこの場所で練習をしているらしい。仕事もしているのに身体は大丈夫なのか質問すると美久は首をかしげてこう答えた。

「それよりも感覚がなくなってしまうのが怖い」

美久にとって芸を洗練させていくことが何よりも大事なのだった。話を聞いて行くと幼少の頃に親戚の前で行ったマジックやダンスが好評で皆を笑顔にさせることがとても嬉しかったのだと言う。それから毎回大勢の親戚の前でレベルアップした芸を披露するのが楽しみでますますのめり込んでいった。昼間にやって拍手を受けたこともあるが知らない人の目線が怖くて芸を失敗して止めてしまったと言っている。

「もっとちゃんと練習しないととてもあの視線の前には立てない」と美久は言う。

想像することしかできないが確かに公園で大道芸をしている人は口が達者で空気作りがうまいと感じたことがある。美久は芸のレベルは劣らないとしてもとてもたくさん話して盛り上げる、要は会話で演出する力は不足しているに違いなかった。ただ彼女は芸を洗練することでそれを乗りきろうとしていた。

「確かにさ、これを認めてくれない男とはとても美久ちゃんは付き合えないだろうね」

美久は頷く。「聞くわけにはいかないけど」

「認めてくれますかって聞いてくのはできないよね。でもきっと付き合うってなって多少なりともお互い好きで大事に思っているなら、本気で取り組んでいることに反対しないと思うよ。だって素敵な技術だと思うし」

美久は少し考えてまた頷いた。「それならいい」

それから美久はボールを使ったジャグリングや、ダンスと組み合わせたパフォーマンスを見せてくれた。

いくつもの色とりどりに光るボールが流れ星のように宙を舞う。星空を背景にして、それらは私のために選ばれた星が目の前まできて演舞してくれているようだった。

「あぁ、美しい」

昼間は緊張して演技できないという美久。音叉セミナーや恋愛セミナーに参加して自由に息ができる道を探している。

私は美久に会って彼女の不器用さと日々の生きていく上での息苦しさを感じた。でも今の美久の動きは普段の彼女より雄弁だった。滑らかな動作で紡ぎ出される流れ星の数々。美久が見せる輝きが私を包み込む。私は先ほどの家の様子を思い出す。息苦しく生活している私と博文の生活。

本当は違うのだ。

苦しみに耐えて成り立たせることが生きることではないのだ。

美久の作る流れ星をじっと見つめた。次第に彼女の素晴らしい技術が一朝一夕のものなどでは成り立たないことに想いが巡らした。

美久は積み上げている。一つ一つ、自分自身の大切なものを積み上げている。何て尊い作業なのだろう。

私は強烈な衝撃を受けていた。そして微かに頭に過る想い。

私は何を積み上げているのだろう。博文は何を積み上げているのだろう。

落ち着かなさで一杯になっていった。

一通り、持っていた道具でできる技を見せてもらった。私は全力の拍手で彼女を迎えた。美久は面で表情は見えなかったが「えへへ」と顔を傾けていた。

美久のキュートな声を聞けたところで私は「そろそろ帰らないと」と立ちあがった。

「もう?」

愛おしくなる気持ちが湧いてくる。「また来るよ」

「ねえ、相談にも乗って欲しいの」と美久は言う。

「相談?」

「恋愛の」

「あぁ、恋愛ね」と私は頷いた。「いつでもいいよ」

「師匠、ありがとう」

「師匠?」と私は笑う。今日私に芽生えたこの想いからすれば美久こそ私の師匠だと言うのに。

でもこうして私と美久の恋愛における奇妙な、そして無理矢理の師弟関係が始まったのだった。

 24

家に戻るとまだ博文はベッドの上で目を瞑っていた。そっと私もベッドの中に入る。気分は高揚していた。がんばっている人に触れると私の刺激にもなる。

隣で眠っている博文のことは愛おしい。私とぴったりとあったパートナーではある。でも二人は腐りかけているようにも思える。

変化や刺激を求める人生とは危険なのだろうか。今私をこうやって高揚させてくれて私のエネルギーになろうとしている出来事は麻薬のようなものなのだろうか。

天に問う。何の宗教にも入っていないけど神様に問う。

世の中の夫婦は結婚して人生の想定ができるのでしょう。子どもができたならば育てる。子どもができなければなおさら想定ができます。

人生って、いくつかの想定の中で日々の味の変化を楽しむものではないのでしょうか。

例えば美味しいピザがあったとします。でもそのピザを食べ続けたら飽きるものでしょう。

今、私と博文の前には美味しかったピザがあります。人生八十年とすると時計の五時くらいの角度までしか食べてない。まだ同じ味のピザが半分以上残っているのだとしたら、それを我慢して過ごすことが正解なのでしょうか。

段々とその味は私達にとってしんどいものになっているような気がしてなりません。

今日会った美久みたいな味の変化を求めるような人生に刺激を受けます。憧れてもいるかもしれません。

ねぇ、神様。正しい私の道を指し示してくれないものでしょうか。

あとがき

この小説は以前書いた原形のような小説があってそれをリライトしながら載せています。

リライトしていると以前書いていた時から変わっていない部分と変わった部分に気づきます。

変わっていない部分が自分の根幹なのかもしれません。

日記でも創作小説でもその他どんな創作物でも、ただ関わった物事でも、以前の自分のこなしてきた道筋をなぞってみるのは面白いし、気づきがあります。

今回の話を書きながら強く思った気持ちです。

不定期更新になりますがもしよろしければまた読んで頂けたら嬉しいです。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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