創作

『ボールを投げる秋の陽爺さん』【創作ショートショート】

創作ショートショートです。

2000文字ほどで3,4分で読める分量です。

『ボールを投げる秋の陽爺さん』

冬休みの校庭開放は夏以上に閑散としている。校舎の外に出した机は風が吹けばやはり寒くマフラー、手袋、ダウンジャケットと身体を膨らませて高校三年生の牧太は効率の悪い勉強に打ち込んでいた。

夏場と比べればあせりのようなものが沸き上がっていて空いた時間はあせりから逃げるように勉強に打ち込めていた。ただ寒さにへし折られる程度の気持ちしかないのが牧太である。寒そうな牧太の姿に校舎に常駐している警備員のおじいちゃんに「寒いだろう、誰もいないしこっちで温かいお茶でも飲むかい?」と誘われれば「わ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」と二つ返事で警備員室へお邪魔するのである。

牧太が小学生時代には警備員さんの存在は知っていても無縁の存在だった。

校門近くの玄関で受付窓から覗く警備員室の中身は未知の世界である。あれから六年経ってこうして中にお邪魔することに不思議な感慨を覚えた。受付の中身は椅子が二つ並んだ簡素な作りだったがさらに奥に和室があって「休憩時間に仮眠取れるんだよ」と警備員のおじいちゃんは教えてくれた。

和室から急須と湯呑を出して温かいお茶を入れてくれた。おじいちゃんと牧太は向き合うように座って湯気とと息が混じった白い靄に身体を温めながら当時おじいちゃんの色々な話を聞いた。

おじいちゃんは秋の陽公園の近くで生まれ育った根っからの地元民だった。

「グランドハイツって知ってるかな?」

「小学校の教科書で習いました」

戦後しばらくアメリカ空軍の家族宿舎として存在している区域があった。その区域の名前がグランドハイツである。現在では完全に返還されているが小学校の社会の教科書では牧太たちの生まれ育った地域の歴史として教わっていた。

「秋の陽公園辺りがグランドハイツ駅っていって電車が通っていたんだよ」

おじいちゃんの昔話にうんうん頷きながら聞いていた。牧太は特別おじいちゃんの昔話に興味があったわけでない。ただ頷きながら話を聞くと嬉しそうな話すおじいちゃんの姿が好きだった。

おじいちゃんはそのグランドハイツ駅近くの踏切でアメリカ兵にねだってチョコレートをもらった話などを聞かせてくれた。それからアメリカ兵が国に帰って秋の陽公園になり、街が少しずつ変わっていく様子を教えてくれた。

「ゆるやかな変化を見つめ続けていたらいつの間にかこんな歳になってた」

そう言って笑うおじいちゃんの姿は「ゆるやか」そのもので幸せそうに牧太には見えた。冬休みは短い期間だったけど小学生のいない時間におじいちゃんと話す時間がとても印象的な期間だった。

校庭開放を利用する子ども達も牧太とおじいちゃんが話しているとその輪に混じることもあった。

子ども達はおじいちゃんの昔話の内容に興味を持ったようで、きっと社会の教科書で習ったのであろう昔はこの地域でとれた大根の味やアメリカ兵がどれくらい日本語を話せたのかなど牧太には思いつかないような質問をおじいちゃんにしていた。

話を聞けば聞くほどおじいちゃんが秋の陽公園周りを眺めて長い年月を過ごしてきたことが分かって、とある女の子はある日「もう秋の陽爺さんだね」と命名していた。

「はなさか爺さんみたいに言うなよ」

牧太はおじいちゃんの反応を気にしながらその女の子に話すと意外にもおじいちゃんはその命名を気に入ったようで「秋の陽爺さん、秋の陽爺さんかぁ」と穏やかに目を細めたので牧太もその命名に倣うことにしたのであった。

「まだまだこれから十年でも二十年でも秋の陽公園の移り変わりをわたしは見続けていきたいんだ」

おじいちゃんはよくそう牧太に言った。おじいちゃんのその言葉はボールを未来に投げるような宣言でこれからの訪れる未来がボールを投げることで明るくなっていくような響きがあった。

翌年、おじいちゃんは道路に飛び出した子どもを助けようとして車に撥ねられ亡くなってしまうのだけど。

秋の陽公園を歩いていたら不意に秋の陽爺さんのことを思い出してしまった。亡くなった時よりも身近にあの穏やかに目を細めた姿が頭の中に広がった。

人生は編集作業だ。牧太の頭の中には一冊の本があって開いてみれば大見出しから小見出しまでそれぞれの歳の牧太の今までがまとめられている。

秋の陽爺さんとの思い出のページはこの十年間開くことのなかったページだ。開かれてみて爺さんが夢見ていてあれからの十年という時間を牧太が過ごしてきたのだということに気づく。

秋の陽爺さん、秋の陽爺さんかぁ、と言っておじいちゃんは微笑む。なんで今さらこんなに身近に思い出してしまったのだろう。

胸が急に苦しくなって目を瞑って震える目頭を押さえ付けた。

風が木々をざわざわ揺らしている。遠くで「いただきます」の声が聞こえる。また遠くのどこかで布団を叩く音が聞こえる。風が口笛みたいな音を鳴らして吹いている。

もう十年経っている。

でも聞こえる音は何も変わらない。

絶対に変わらないものと決定的に変わっていくもの。

「いやだなぁ」

何度も何度もこうやって顔を覆っても両手を開いた先の未来に牧太は期待している。生きてる限り期待してしまう。だから牧太はどんなに後悔してもここにいる。これからだって想像してしまう。ボールを投げるみたいに。それが結局秋の陽爺さんのように死に捕えられてしまうのだとしても。

あとがき

30歳をこえてから時々学生時代に過ごしていた場所を歩いてみたくなることがあります。

実際に歩いてみると勿論懐かしいのですが、当時感じていた気持ちを少し大人になった自分が改めて感じて背中を押されるような気持ちになります。

私はその気持ちが読書に似ていると思います。

以前読んだ小説をしばらく時間が経って読み返すと新しい面白さに包まれるような感覚です。

きっと思い出も一冊の本みたいに頭の中で編集されているのだと思います。

そんな気持ちからスタートして書きました。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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