創作

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑥【創作小説】

創作『カーテン越しの見え方がちがうだけ』第6話です。

前回はこちら。

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑤【創作小説】創作『カーテン越しの見え方がちがうだけ』第5話です。 前回はこちら。 https://tokeichikura.com/so...

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カーテン越しの見え方がちがうだけ・まとめ

場面番号は便宜上しおりがわりになるように実際よりも細かく振っています。

『カーテン越しの見え方がちがうだけ』⑥

〈知佳〉

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私が美久と出会ったのは音叉セラピーが終わった後に催されたささやかな懇談会だった。

自己啓発のセミナーやセラピー、サロンに通うようになったのはいつからだろう。私の名前の「知佳」の由来は知に優れて欲しいという願いも込められたらしいので、何かに興味を持って教わることについては生まれた時から貪欲だったのかもしれない。

私には夫の博文がいる。優しい夫だ。優し過ぎると言ってもいい。博文は正直、不器用で仕事熱心でせっせと営業職を日々頑張っているけど苦しそうで見ていられない。

毎日のように洗面台で「おぇっ」という餌付く声が聞こえる。それならば仕事を辞めてしまえばいいのに、と思うけど私のパートで稼いだ薄給では暮らして行けない。だから博文に辞めてなんて言えなくて出来る限り重荷にならないように……と思って過ごしていた。博文が器用な性格ならば辞めて転職というのも難なくこなして明るく切り替えられる気がする。でも、もしうまくいって転職できたとしても、きっと私のことを考えて待遇重視でそこまでやりたくない仕事についてしまう。彼は何でも私のことを考える。

悪く言ってしまえば私のためにという名目で判断するところがあると言えるのかもしれない。どうやってもそんな判断基準で自分の人生を判断するだろうことがありありと想像できて、どうしても言いだすことができなかった。でももし博文が自分から少しでも「転職しようかな」と呟きでもしたならば全力で応援するつもりだった。

博文に対して今、男女の愛情というのがあるのかないのかもう分からない。

大切な存在ではもちろんある。だけど結婚して十年過ぎて、博文は自分のことで精一杯で、私はこのまま人生が終わることが怖くなった。一度きりの人生で私の世界を広げたくてセミナー類に参加し始めてはまってしまった。参加すると私を認めてもらえる機会が多くあるし、同じような仲間に多く出会えることがあって安心する。目から鱗が出る様な考え方に触れられることもある。

でももう五年近く色々なセミナーやサロン参加していると、結局行動することが大事なのだと気付く。やる気があがったことでその気になってしまっているのだと思う。しかも高額なセミナーが多いので夫婦の貯金口座から出金してしまってもいる。どこかで歯止めをかけないといつ博文に気付かれるか分からない。優しい博文のことだから、きっと許してくれる。でも博文の悲しい顔を見るのは嫌だった。そう思うのだけど日々の生活で不安になると参加してしまうのを止められなかった。

美久と出会った音叉セラピーとは喜怒哀楽の感情には特有の振動数を伴った波長があって、カウンセラーとの面談後に個々に見合った音叉を打ち鳴らすといった試みだった。私は怒りや不安や悲しみといった感情の音叉を打ち鳴らしてその音に身体を揺らしている内にまるで解放されるような気持ちになった。

ただ同時に金額と釣り合う試みだったのかという新たな不安も湧いてくる。

だからセラピーが終わった後はどちらかというと暗い気持ちだった。貸切されている喫茶店に入る。皆でわいわいと雑談するためだ。大抵おしゃべりなおばさんがたくさんの質問をしてきて、分かった風に同調されるような流れになる。同じテンションで話すことができれば楽しい会。

喫茶店は小さな音でビル・エヴァンスがかかっていた。手作りケーキが何種類もショーウィンドウに並んでいて、ゆったりとしたテーブルだけでなく、ゆったりしたソファが設置してある様なお洒落なお店。もし一人で通うならばこういうお店がいい。

この日はわいわい話すのも億劫でソファ席や中心のテーブルは避けてカフェの端っこのテーブルに座っている若くて大人しそうな女の子の向かいの席に座った。

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正面に座るとその女の子の可愛らしさに気付いた。眉がしっかりとして目がぱっちりしている。ヨーロッパの女優の様な顔立ちだと思った。服はジーパンにヨーロッパ風の街並みがモノクロでプリントされたティーシャツを着ていた。

「こんにちは。はじめまして」

年下の子の方が安心して話すことができる。そういえば昔は年上の女性と話すと背伸びしているような気持ちになって気分がよかった。知らないお店や知らない食べ物、言葉数が少なくなる様なシックな雰囲気など学生時代では分からない一つ一つの経験をさせてもらってそれらが全部私自身の全ての魅力になっていくような錯覚があった。それがいつの間にか年上の、特に女性と話すのは神経を使うことが多くなって疲れてしまうようになってしまった。今ではあらゆる力が抜けるようなお店でリラックスできることを重要視してしまう。あくまで私みたいなという意味で女性の成長とはそういうものなのかもしれない。

そういえばこの前お昼のテレビ番組でこんな話があった。仕事をしていく中で男性は意見がぶつかった時に主張はするけどもどこかに弱い部分があるからぶつかっていく中でその内に話を擦り合わせてまとめていこうとし始めるが、女性はとことん自分の意見をぶつけ合うという話だ。

最近は仕事場でも女性が活躍することが多くなった。私としてはまだまだ足りていないと思う。だって女性の方が実務的に優秀だと思うから。

でもだからといって男性が不必要ではない。もちろん優秀な男性もいる。それだけではなくさっき言ったみたいに集団で結果を出そうとした時に彼らの特性は必ず必要だと思う。

私は博文と暮らしてよく感じる。博文はけして仕事ができるわけではない。人当たりの良さや相手に警戒心を生まないような柔らかさは博文が営業職で活躍するための能力だとは思う。それでも博文は営業という仕事で苦しみ続けているのを見ているし、私生活においてももっと素早くてきぱきと動けないものかと悶々としてしまうことはよくある。

そういえば昔よく公園でキャッチボールをした。彼に誘われて出かけたのだけど、ボールを投げるのもキャッチするのもうまくできなくて良い所見せようとジャンプしてキャッチしようとしたら鼻にボールが当たって鼻血を出していた。私の旦那ながら一体何をやっているのだろうと思った。でもその一方で私が塞ぎこんでいた時期だったから、何とか苦手な事でもがんばって私の気持ちが上がるように動いてくれているのは感じた。私は幸せだなぁと感じた。それはきっと女性同士ではきっとあり得ないことだ。

目の前の可愛らしい女の子が会釈をした。言葉はなかった。人見知りなのかもしれない。バニラビーンズがたっぷり入ったアイスクリームを食べていた。

「美味しそうなアイスだね」

話しかけると彼女はお皿とスプーンをこちらに向けた。食べてもいい、というジェスチャーだった。相変わらず無言ではあったが嫌がられているわけではないという気持ちが伝わってきて安心する。一口食べると甘みが味覚と嗅覚を刺激してアイスと一緒にとろけそうになってしまう。

「美味しい!」

私が叫ぶと彼女は初めて「決まっている」と一言言って微笑んだ。

言葉はハードボイルドな雰囲気を漂わせる渋さだ。だけど目じりに皺を作って、くっきりえくぼができた微笑みはなお可愛らしかった。

名前を聞くと「美久」とこれもまた端的に答えた。

拙いやり取りの中で私達は仲良くなっていった。美久は見た目二十歳前後だったけど、二十六歳で派遣社員を繋いで生活をしていた。話を聞いていると年齢にしてはセミナーの類に結構参加していて先日は恋愛セミナーにも参加したのだと言っていた。

「恋愛がしたかったから」

彼女は端的に理由を述べた。それ以外の理由はないでしょうと思いながらも「恋愛すると幸せな気分になれるもんね」と話した。

「恋愛をすると幸せになれる」と彼女は私の言葉を繰り返した。

「そう、恋人とハグをすることで幸せホルモンが分泌されるらしいよ」と私はこの前のセミナーで話をしたおばさんの知識を披露した。

「幸せホルモン」

「そう、ドーパミンとかセロトニンとかオキシトシンとか。っていっても私、旦那とハグなんて何年もしてないんだけどね」と私は笑いかけた。

「旦那さんがいる?」と微かに語尾を上げて美久は質問だということを示した。

私は頷いた。「もう結婚して十二年目に入ったよ」

「昔は旦那さんとはハグをした?」

美久が食いついてきているのを感じて私は「それはたくさんしたよ。幸せな気持ちになった」と笑顔で答えた。

「あたしはまだ誰とも付き合ったことがない」

私にとって意外な答えだった。だって目の前にいる美久はとても男の子が避けるような容姿ではなく可愛らしかったし、体つきも女の子らしく適度にふくよかで男の子受けしそうなスタイルだった。

「意外。本当意外」と本心から言った。

「だから恋愛セミナーにも行く。でもあたしは欠陥だらけ」

表情は変えないが心持ち俯いた。彼女はショックを受けているのだ。

美久はセミナーの講師から「自分にないものばかりに焦点を当てている」「無いものをいくら探し続けても嘆き続けても何も変わらないにも関わらず、無駄なエネルギーを注いでいるに過ぎない」と言われた。

美久はその言葉に対して「どうしていいのか分からない」と答えたらしい。すると講師は言った。

「目的を不明確にし逃げ続けている癖があるのではないか。何のためにここにきた? セミナーに頼り切っているのではないか」と指摘された。美久はやはり「わからない」と答えた。ただ美久自身に恋愛をするための欠陥があるのだと感じたそうだった。

私はその話を聞いて激しく憤りを感じたのだった。

「自分にないものを探すのは当たり前だよ。だって恋愛はパートナー探しの側面もあるんだもの。だからその講師はずれてるよ。自分にないものを持っている人と恋愛するためにセミナーに頼っているのに頼り切っているっておかしいでしょ。絶対間違ってる」

セミナーに行って自信をなくして帰ってきたのであれば意味がない。講師は男だったらしい。こういう繊細さをなくした男は最悪だ。お前が恋愛できないだろ、と言ってやりたくなる。

きっと私が推測するに次のセミナーか商材をセールスするためのトークだろうと思った。落として危機感を与えて物を売るという商法だ。人間必要なものは無理をしてでも買うという心理がある。私も何度か「あなたは駄目だ。今何かしないとさらに駄目になる」といった類のトークで物を買ったことがある。後味は最悪だ。そしてたいして効果のないものだと後悔しか残らない。

美久は講師の言葉に納得して何かを買うのではなく自分に諦めてしまった。金銭的に騙されずにはよかったのだが、だから講師が最後に厳しい言葉を投げかけたのだろう。全く持って腹立たしい。

「でもあたしは好きな人もできたことがない」と美久は言う。

可愛らしい子だ。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に繊細で悩んで一人で抱えている。私は何とかしてあげたいと思いながら「大丈夫。そのうちに必ず素敵な人は現れるから」と月並みなことしか言えない。美久は私の言葉に唇を真一文字にして首をかしげた。

私には美久を楽にしてあげられる言葉を持っていなかった。彼女は砂漠の中で蜃気楼を歩くように恋愛を探していた。あせるな必ず見つかる、というのが私の意見だがそれを頑張って伝えたところで本気で恋愛を求める彼女に対してそんな言葉を投げかけても意味はないだろう。でも私は彼女に惹かれているところがあってもっともっと美久のことを知りたかった。

だから美久の興味を引きたい半分、彼女のことを知りたい半分で私は学生時代に男友達にされた心理テストを聞いてみた。

「ねえねえ、美久ちゃんはさ、好きな男の人の要素って何? 例えば私だったら優しさと、一緒にいて楽な人っていうことと、前向きな人。そんな感じで三つ」

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「でもあたしは好きな人もできたことない」とまるでテープを巻き戻したかのように美久は言った。

「いいよ、こういう男性に好感もてるなぁって想像してみて。過去の経験とか関係なくでいいから」

美久は「むう」と唸って考えた。私は考え始めたことに安堵した。しばらく待って美久はようやく答えた。

「笑顔、健康、金持ち」

美久は三つ言うと挑むように私の顔を見る。彼女のことがよく分かる様な三つの答えだった。私は大きく頷いて言う。

「なるほどね。じゃあさ、笑顔で健康でお金持ちな男性が二人現れました。もしその二人の内の一人を選ぼうと思ったら何を見て判断する?」

「同じくらいの笑顔で健康で同じくらいお金持ちってこと?」

「そうその三つの要素はまるで同じくらいの条件の男性が二人現れたら」

また美久は「むう」と考える。ただ今度は考える時間が短くすぐ答えた。

「あたしの趣味とか仕事に理解がある人」

美久はそう言った後に自分の言葉に納得するように二度頷いた。私も「そうなんだ」と答えて質問の意図を説明した。

「最後の一つの条件が自分の恋愛する相手の要素で一番大切なものらしいわよ」

私は学生時代にこの心理テストをされて最後の一つは「思いやり」と答えた。博文のことを思い出す。まさしく当てはまっていた。ただ三つの要素の段階では前向きさについてはやや不足していると思って笑ってしまう。

「趣味に理解がある人」と美久は最後の一つの言葉を繰り返した。そして納得したように頷いた。

「美久ちゃんの趣味って何なの?」

私は聞いた。すると美久は答えた。

「本気の趣味は大道芸」

美久の短い言葉がうまく消化できなくて聞き返した。「だいどうげい?」

美久は頷く。「今はジャグリングを練習している」

彼女の声が大きくなったのは夢中になっている証拠なのだろう。

「ああ、大道芸。ジャグリング? またすごい趣味だね」

「見たい?」

美久の意外な提案に私は即答で「見たい」と言う。「いいよ」と美久は頷いた。

そして美久はバッグからペンを出して紙ナプキンに時間と場所をさらっと書いて私に渡した。「私が練習している時間と場所」

綺麗な字だった。柔らかくバランスの取れた字で、ペン字の練習本でなぞる見本であっても違和感ないような字だ。

時間と場所を見て驚く。

家の近くの公園だ。最近は行かないが以前博文とよく散歩をした公園。時間についてはもっと驚いた。

「これってAMってあるけど深夜ってこと?」

美久は頷いた。

「なんでこんな深夜?」

「人が多いと失敗する」と彼女は当然のことのように言う。

「何で?」

「緊張する」

そういうことか。ただ人に見られると緊張するのに何で私が見学する提案をしてくれたのだろう。疑問に思って聞いてみた。美久は表情を変えずに答えた。

「もっと仲良くしたい」

私は危うくその場で美久を抱きしめそうになった。

かわいい娘だ。博文と私には子どもはいない。ただ目の前にいるような真っ直ぐな子ならば私は望んでしまうのかもしれない。深夜に家を抜け出すことは大変だと思うが私は「絶対行くね」と約束した。美久は満足そうに頷いた。

あとがき

前回までは夫・博文の章、今回から妻・知佳の章になります。

書いている最中は色々やりたいこと、描きたいことがたくさんあって、「書きまくっている」という感じでした。今回ブログに載せるに当たって少し冷静に内容を繋げながら削りつつアップしています。

また不定期更新になりますがもしよろしければまた読んで頂けたら嬉しいです。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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