創作

『夏の散歩』【創作ショートショート】

創作ショートショートです。

2300文字ほどで3,4分で読める分量です。

「夏」をテーマに作りました。息抜き程度に読んで頂けたら嬉しいです。

『夏の散歩』

朝6時半に起きてトーストをかじるとその週給食当番だったことを思い出した。給食当番にはマスクが必要で母さんは「まったくなんでぎりぎりになっていうの」と文句を言いながら財布を開いてお金をくれた。「気を付けていっておいでね」という言葉に送り出されて僕は近所のヤマシタ商店へと出かけた。

ヤマシタ商店は僕たちの住んでいる団地から小さな公園と道路を隔ててあるなんでも屋さんで徒歩二十分の駅前まで出かけないとデパートがない僕たちの生活には大切なお店だった。

眩しい朝の光とまだ涼しい風はヤマシタ商店にマスクがあるのかという不安からかうざったく感じた。あせってもマスクが出現するわけでもないのに走って公園の真ん中を突っ切って、ほとんど車の走っていない道路を右見て左見て右見て横断した。そしてマスクはあっけなく見つけることができて無事にマスクを買ったのだった。

クラス担任の先生は忘れ物に厳しい。思い返してみれば十分ほどの説教でも小学生の僕からすれば永遠に感じられた。だからマスクを買ったことでほっとした僕がいた。

ヤマシタ商店のおばさんの「気を付けてねー」という声を背中にほっとした僕には爽やかな風と光が気持ちを晴れやかにしてくれる。すがすがしさを感じて僕はまた走り出したのだった。道路にぴょんと飛び出る。

ここからの記憶はコマ送りである。

大きな排気音が聞こえて右を見る。二十メートルくらい離れたところから赤い車が走って向かってくる。

まず驚きである。そしてかわすことよりもまず想像する。車にはねられることは恐ろしい。

脚のすくむ感覚。

大きなクラクションが鳴り響く。もう車は躱せないくらいの距離まで近づいている。

ようやく僕は「さけないと!」と強く思って後ろに跳んだ。恐怖で目を瞑っていた。

大きな衝撃には痛みはなかった。ただ自分の身体が宙に浮いたことは分かった。目は開けられない。身体がどこかに着地をして転がり、最後には硬いアスファルトに頭から落ちた。

直前に後ろに跳んだからか、僕は車に撥ねられて真上に跳んだのだった。そしてボンネットの上を転がりそのまま頭からアスファルトの地面に落ちた。

頭の強烈な衝撃で目を開けた僕に見えたのはまず車から降りてくる男女だった。女性の方は涙を流している。男の方は口が半開きで驚きと恐怖の中間のような表情をしている。そしてヤマシタ商店からおばさんが飛び出てくる。「大丈夫かい!!!」

目を開けた僕がまず思ったのは大事になってしまったということだった。身体全体はひりひり痛んだ。全身が擦り傷だらけでTシャツも破けている。

怒られる怖さが頭によぎってまず立ち上がった。「大丈夫です。すみませんでした」

そのまま何事もなかったかのように帰ろうとする僕にヤマシタのおばさんが怒る。「大丈夫じゃないだろ。座ってなさい! 今、救急車呼んでるから。ボク、家の電話番号は?」

怒られてしゅんとした僕はそのまま縁石に座らされる。電話番号を伝えておいおい泣いている女性が「ごめんね、ごめんね」と繰り返している。僕は何度も「すみません」「大丈夫です」を繰り返す。男の人は怒られた小学生みたいに立ち尽くしておろおろしていた。

しばらくして母さんと弟がかけてきた。弟はパジャマ姿でしかも泣いている。

母さんにも怒られることを想定していたのだが、「大丈夫? 大丈夫なの?」と母さんも泣きそうな顔で口早に言う姿は取り乱していた。

ヤマシタのおばさんが頭に傷ができているから揺り動かしたりしないほうがいいと母さんは言われて僕の頭を見て「もう。なにやってんのよ」と言ったがその声が上ずっていてまるで怒られた気分にはならなかった。ただかえってそれが申し訳ない気持ちにさせられた。

救急車が到着して後ろから乗り込んで座った後も弟は号泣で僕は病院に着くまでの間、ずっと弟に「大丈夫だよ。大丈夫。ごめんね」と声を掛け続けた。

救急車に乗っている間に母さんはしっかり受け答えができる僕を見て安心したのか「お財布忘れてしまった。どうしよう」と泣きそうな声で僕を見て笑った。

 

頭に傷があったのでCTまでとったが異常はなく、骨にも異常なく僕は翌週には通学していた。車を運転していた男女は一度菓子折りを持ってうちまで来た。父さんに男が「40キロくらいの、ええと、車でいうとゆっくりめくらいな感じだったんですが」と説明して「それくらい分かってる」と苛々した風に答える父さんの姿に喧嘩が始まるのではないかとどきどきしたが半年も経てば事故のことが話題にならないほど風化してまたまるで変わらないいつもの日常に戻っていたのだった。

あれから十年以上の月日が流れた。

頭の傷はもうない。団地周りを歩いてみれば変わらず公園はあるし、道路だってある。夏の朝は今だってもちろん光に満ちていてまだ涼しい爽やかな気配も感じられる。

だけどヤマシタ商店は近くにコンビニができてつぶれた。僕が車に撥ねられた道路には子どもが飛び出さないようにU型ポールが設置されている。団地は高齢化が進んで公園で遊ぶ子どもの数はめっきり減った。

時々想像する。あの時の車の速度が「車でいうとゆっくりめ」ではない速度だったらどうだったのだろうということ。

後日、僕は俳句の創作授業で「なつのひに くるまにひかれ しんじゃった」という句を作り、ふざけた友人が先生に見せてしまって僕は車に撥ねられる以上の衝撃で怒鳴られた。

勿論気持ちの中で冗談ごとではないことをわかっていたのだけど、あの時の母さんと弟の姿を思い出して、いけないことをしたと反省した。

久しぶりに散歩をしていたらそんな日々のことが思い出されて暑苦しい夏の風も懐かしく感じた。

終わりに

先週まで「カーテンさん」の世界を書いてきましたが久しぶりにこれだけで完結するショートショートを書きたくなり作りました。

自分としては好きな内容を織り込むことができてよかったです。

ABOUT ME
一蔵とけい
一蔵とけい
社会人の本好きです。現在、知的障害者の支援施設で働いています。 小説を読むことも書くことも大好きです。読書をもっと楽しむための雑記ブログを作りたいという気持ちで立ち上げました。

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