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はじめに
創作ショートショートです。2000字ほどで3,4分で読める分量です。
執着する男の物語です。
ふざけたような話ですが息抜き程度に読んで頂けたら幸いです。
『執着できるものがある幸せ』
六畳の部屋のベッドで本を読んでいた。活字は躍っているように見えて頭に意味として入ってこない。結果、同じ一文を何度も繰り返し読んでいる。
シャワーの音が聞こえる。ドアを一つ隔てればシャワーの音はどこか遠くの世界の音のように聞こえる。
どうやって出会った女だったか。
先ほどまでここで葉っぱを吹かしていたのはどんな繋がりだったか。あぁ、そうだ、と記憶は絡まった蔦を辿るようにやけに手間がかかって少しずつ思い出す。
駅前のバーで隣で一人飲む女と話していてつい言ってしまったのだ。
バーテンダーは聞いていなかっただろうか。聞いていても酔っ払った人間の話だ、ただの口説き文句と思われているだろう、と楽観視する。それくらい今ふらつく頭はため息をつくだけで浮かんでしまいそうな気分に上がることができる。
シャワーから浴びた女は華奢な女だった。バスタオルを胸からひざ元まで巻いている。ひざ下からはすとんと長く細く白い足が伸びていた。
タオルの下には白く綺麗でもろそうな身体があるのだと想像して腹の下に血が通うのを浅原は感じた。
浅原の横にちょこんと女は座る。一応浅原は我慢して聞く。「水でも飲む?」
女は上目使いで浅原を見る。その二重で大きな黒目がやや濡れている。唇を見ると何かを話そうとしたのかやや開こうとした。浅原は我慢できなくなった。その半開きの唇に吸い付いた。
乱暴にはぎ取ったタオルの下に隠されていた白くきめ細かく光る身体を嘗め回して最後に強く抱きしめるとその身体は折れてしまいそうだ。女は「あぁ」と泣きそうな声を上げる。みるみる興奮の高まる浅原は女の身体を開き、中に入る。二、三度乱暴について女の奥へと道を広げていく。
繋がっている、と浅原は思う。興奮した気持ちが女の中へと繋がり幸福感に包まれる。女も同じ気持ちだと言わんばかりに声を上げる。それが浅原にとっては心地がいい。
体位を変えて四つん這いになった女を後ろから突き上げた。すると女は急に低い声を上げた。
「めえええ」
浅原は身体の動きを止めた。そのタイミングで女はもう一度言う。
「めえええ」
「どうした?」
女は答えない。浅原は急に下半身が冷えていくのを感じた。ただ冷えて萎んでいるはずの下半身は女に捕まえられたまま離すことができなかった。浅原は何かを言おうと女の背中に呼びかけようとした時、息を飲んだ。
女の顔はこちらを見ていた。背中の上に女の顔があった。首はネジられている。女の目は大きく見開いていた。先ほどまで大きかった黒目は上転して白目となっている。
浅原は悲鳴を上げようとしたが声が出ない。そして身体が大きな力で捕まえられている。女の両手はぐっと浅原の喉に伸びる。
女は得体の知れない生き物だった。浅原は首を絞められて意識が遠のいていく。
浅原は目を覚ました。最近、よく見る夢だった。
何度も見ても夢の中の浅原はそれが夢だと気づくことができない。背中をぐっしょりと汗で濡らしている。
なぜこのような夢にうなされるようになったのか。
思い浮かぶことが一つある。
朝、起きて仕事に行く。帰ってきてご飯を食べる。本を読んで眠る。
二か月前までの浅原のルーティンである。仕事を辞めてこのルーティンは完全にくずれた。始めは溜まりに溜まった疲れを抜くように眠り晴れ晴れした気持ちにひたっていた。そんな気持ちが崩れたのは間もなくだった。
無くなっていくお金を始めとした今後への不安。
ルーティンを崩して空いた時間は不安から逃げる時間となった。
気づいたのだ。何かやるべきことを決められている生活に慣れ過ぎてしまったということに。「しなければならない」の塊が浅原の安心の種だったのだ。
ベッドに横たわりながらこんな生活が続くのであればいつ人生が終わったとしても何の未練もないことに気づく。
そんな不安が膨らんだ先にみるようになった夢だった。
願望と欲望と絶望が混ざったような夢。
それでも転職活動なんてしたくない。したくない仕事のルーティンに入るために活動するなんて馬鹿げている。終わっている。
じゃあ、どうすればいいのだろう。
くよくよ考えてまた眠って夢を見るのだ。夢を見ることが怖くなったある日、浅原は夜中に公園で散歩するようになる。夜中の公園を散歩すると心地よい風が気持ちを紛らわしてくれるような気がするのだ。
そしてある日、運命の女性に出会う。彼女に出会って憧れて今度は彼女と同じ仕事につくことになる。
そしてさらに彼女に執着するようになる。
執着は人生の道しるべである。夢を見なくなった。浅原は夢を見る恐怖から逃げながら彼女を追いかける。嫌がられても追いかけ続ける。そのための努力は惜しまない。
――さぁ、今日も散々追いかけてやろう。
最近は彼女の子どもも彼女に似ているのを確認して追いかける対象が増えた。
――なんて幸せなのだろう。
執着の鬼となった浅原はお気に入りのカーテンを開いて杉並区の空に向かって思った。もう夢など見ない。明日も明後日も明々後日も追いかける。大忙しである。
――執着できるものに出会えることは何て素晴らしいのだ。
浅原は天に感謝をしてカーテンを纏った。
終わりに
これは単純に「執着する男」の背景を想像して書いた話でもありますが、杉並区のカーテンさんの背景でもあります。
パッチワークのように小さな話をぽつぽつ載せていますが、よろければ他のカーテンさんタグの話も読んでみてくださいね。
それぞれ2,3分で読める話です。
カーテンさんカーテンさんタグページです。全て読み切りなのでもしよろしければご一読下さい。