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はじめに
創作ショートショートです。
2000文字程度の文字数で3、4分ほどで読める分量です。
『分からないから笑える笑えない』
気持ちを伝えないことには何も分からない。
練馬区のカーテンさんのことを思い浮かべる。カーテンさんとはカーテンをマントのように纏って闇夜の地域の平和を守るヒーローのことである。
彼女の纏うカーテンは年度のスタートを予感させるうきうきそわそわの心情が思う浮かぶ桜色である。素材については肌触りのいい綿100%だった。吸水保湿性に優れ、何より環境に優しい。
優しい、そう彼女も優しい。
僕が杉並区のカーテンさんとして活動を開始したきっかけは練馬区のカーテンさんに助けてもらったからだ。彼女はにっこり微笑んで「大丈夫?」と言ってくれた。
ほら、優しい。
それからは無我夢中で身体を鍛え、暗闇のある公園でパトロールをして道行く人の力になってきた。
僕のカーテンは麻100%である。練馬区のカーテンさんと同じく環境に優しい素材だ。僕も綿を考えたのだが汗っかきなのでより通気性のよい麻にすることにした。
夜中の公園で暴漢に襲われた人々を助けたヒーローが滝のように汗をかいて微笑んでみたら逆に変質者に間違われてしまうかもしれない。折角色はブルーで爽やかなのに台無しである。
さて一世一代の告白である。
告白する場所は井草高校近くのロッテリアを選んだ。井草高校は上石神井に位置する高校である。井草という地域自体は杉並区なのに不思議なものである。
でも練馬区とも杉並区が混ざり合った場所こそこれからの二人のためには都合がよく、奇跡的な告白の場所と言えた。
僕は日時と場所を書いた手紙を渡すためだけに彼女がパトロールしている公園に出向き渡した。
彼女は相当気を張ってパトロールしていたのだろう。
真夜中に公園に現れた僕を即座に見つけ殴りかかってきたのだった。
慌てて「いやいやいや、僕は誰も襲っていない。ただ歩いていただけだ」と叫んだ。
彼女は拳を止めて「そういえばそうね。変な恰好しているから間違えたわ」と謝る素振りもなくクールに言い放った。
いやいや、同じカーテン姿だろう、と思ったがそれを言うのは止めておいた。
そしてはっと要件を思い出して手紙を渡した。投げつけたと言ってもいいかもしれない。変に手紙の説明するとその場で告白してしまいそうだったからだ。
「いつまでも待ってるから」
僕はそう叫んでその場から走り去った。背中に何か声を掛けられた気がしたが僕は彼女と話した心臓の高鳴りがドラムロールのように響いていて聞こえなかった。
そして約束の日、夕方のロッテリアは高校生で一杯だった。僕はかなり早めに店に入っていたからテーブルを確保することはできていた。準備万端だった。
そして約束の時間にはたして彼女は来た。
彼女の姿を見て違和感があった。彼女は僕と違ってカーテンを纏っていない。白のカットソーにロング丈のプリーツスカート姿だった。
彼女は思い切り顔を歪めた。
僕の恰好を見て「しまった」とでも思ったのだろうか。同じカーテンさん同士TPO違いである。
「何?」
彼女は座りもせずに言った。まるでゴミを見るような目だった。あまのじゃくなところもかわいい。
男はまっすぐだよな、と僕は彼女の表情をにっこりと微笑んで包み込み気持ちを伝えようとした。
「え、え、えあの、そのね」
うまく言葉が出てこない。そりゃあ、さすがに僕だって緊張する。だって好きなのだから。
「あのその」
「何?」
彼女の声が響く。歪んだ綺麗な顔もまたそそられます。好きです。
「好きです。あれ?」
どうやら内面で思った声がつい言葉に出てしまったらしい。結果オーライとは言え「あ、うん、そう、好きです」と言い直した。
彼女は目を丸くし一瞬固まったように見えた。
僕はこの時、失敗したと思った。なぜなら店中の高校生の視線がこちらに向いていたからだ。
固まった後、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
「……だからなんですか?」
彼女の対応が変わった。丁寧な言葉遣い。
僕はここだと思い、「はい、付き合いましょう」と畳みかけたのだった。恋愛指南書に書いてあった「押して押して押しきれ」である。
「……勘弁してください」
彼女はぽつりと言った。
「え?」
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてないよ。正真正銘好きなんです」
「……勘弁してください。ろくに話したこともないでしょう。それでふざけてないなら私の何が気に入ったんですか?」
僕は少し考える。どこが好きなんだろう。
「うーん、顔とかカーテンとか?」
「もうやだ」と彼女が呟くと彼女は自分の顔に爪を立てた。そして縦に切り裂く。赤い筋が斜めに頬を走る。筋は一瞬後、赤く血で浮かび上がった。
「今までつけてたカーテンも今日捨てます。だからもう勘弁してください」
練馬区のカーテンさんは背中を向けて歩いて行ってしまう。
僕は何が何だかわからなかった。立ち上がって叫ぶ。
「違う。違うんだぁ」
僕は何が違うのか分からない。
「君の全部が好きなんだぁ!!」
僕は叫んだが彼女はもう店を出た後だった。
僕はそのまま立ち尽くしていた。
彼女とのやりとりが頭の中でこだまする。
彼女の何が好きなんだろう。僕は何を間違えたのだろう。一体、何をしているのだろう。
自分の気持ちも相手の気持ちも分からない。分からないことだらけだ。あぁ、高校生の笑い声がうるさい。分かってないくせに。
僕は笑えない。分からなければ笑えない。
終わりに
分からないから笑えている時と分からないから笑えていない時があってそこからスタートして作りました。
捉え方の困ってしまう世界観なのかもしれませんがそういうものを作りたくて。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。